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修論中間発表(unofficial) 

今日は修士論文の事前発表会。

夏休み前に、学生が「自主的」に発表会を開き、教員は、まあ気が向けば出席するという趣向(故に出席しない教員もいる。秋のオフィシャルなものはほぼ全員出席するが)。
やはり、修論ほどの長い論文を準備するには、休み前に、アドヴァイスをいくらかでももらった方が良いに決まっているわけで、今回は3名のM2の諸君が発表。
実は去年のM2の諸君(とりあえず全員無事修了したのだが)が、非常にどいつもこいつも準備不足で、一部の教員は「時間の無駄です!!」などといい(さすがに弁護できない出来だったのは確か)、涙ぐませるという場面もあり、その「教育的効果」があったのか、昨年の二の轍を踏まないようにと今回はそこそこみんな準備していた。その調子で頑張ってね。

秋のオフィシャルな中間発表会の後、美味しいお酒が今回同様飲めますように・・・。
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前期ゼミ終了-その反省点など 

今日が、とりあえず前期ゼミの最終日(ついでに、二年生の基礎ゼミとも言うべき「基礎講読」というのも最終日)。
連チャンはいつものことながら疲れる(おしゃべりな僕は喋りっぱなしだ)。けど、ちょっと開放感。ふーっ。

で、今回のゼミの反省点を、思いつくまま羅列してみる。

(1)人数が多すぎて、一人一人の発表回数が少なかった。

これは物理的な制約だから(僕は基本的には来るもの拒まずの方針。それで今年は20名。去年は18名、一昨年が15名だった。年々増えている。まあ、今年は3年生がいつもより多いというのが一番の原因だけど)、仕方ない面もあるが、各人のモチヴェーションが上がらなかった最大の理由。確か、船曳建夫先生が『大学のエスノグラフィティ』(有斐閣)で、「ゼミは12人くらいが適正人数」とおっしゃっていたと思うが、そう思う。そういう人数でやったことはないけど、今の2年生の基礎ゼミは10名で、ちょうど良い感じだし。2、3名というのもきついな(ゼミじゃないけど、僕は学生時代、「朝鮮語中級」という授業で、毎週当たるというスパルタなことになって閉口した。結果としては良かったにせよ、一桁はきついね。)。

(2)人数が多いため、各人の自由な発言が少なかった。

これは上記の(1)と連動するが、「誰かが発言してくれるだろう」という相互依存の状態になってしまう(社会心理学でも「そういうものだ」とにべもないことが言われているし)。手を挙げて発言してくれたのは、「古参」の4年生(もしくは5年生)が多かったなあ。

(3)扱うネタがヘヴィーで難しかった

今回のゼミは「植民地について-ポストコロニアル」というタイトルで輪読を行ったのだが、僕のような研究者にはおなじみのテーマや主張でも、学生諸君にとっては初めてだったり、ある部分は「何でここまで言われなくちゃいけないの」と感じる「劇薬」めいた部分もあったと思う(僕はふざけて「極左本」と呼んでいたけど)。まあ、現実に「ヘヴィー」な事はたくさんあるんだから、そういうことを避けてばかりもしていられないのだが。
特に、これらの本に横溢する、マジョリティたる「日本人」に対する「告発」めいた部分に(「ポス・コロ」ではどうしてもそうなっちゃいますね)、拒否反応を示す学生もちょっといたりした。
それに、そもそも学生にとっては「あまり知らない」問題群なので「初めて知りました」「考えさせられました」で終わってしまい、そこから先に進むのが難しかった。残念。これは、こういうテーマと書籍をチョイスした僕の責任だ。学生に罪はない。読んだのは以下の本。

1)本橋哲也『ポストコロニアル』岩波書店、2005年。
2)テッサ・モーリス=鈴木『辺境から眺める-アイヌが経験する近代』みすず書房、2000年。
3)鄭暎恵『<民が代>斉唱』岩波書店、2003年。

僕はゼミの本をチョイスするとき、以下の4つの条件を課している。
1)ちょっと難しめで、学生が今まで読んだことがないであろう本(大げさに言うと、3年生以上になって、本格的な「学問」に触れてもらいたいと思っています)
2)問題提起的な本であること(良書っていうのは、問題提起的なものですが)
3)まだ僕が「積ん読」状態で読んでいないもの(笑)(やはり僕も新鮮な気持ちで一緒に読みたいですし、新しいことを知りたいですからね)
4)べらぼうに高くはない本(高くて3000円台の前半。でないと学生からブーブー言われる)

これらの条件をクリアするのはなかなか難しい。まず「自分が読んだことがないのに、面白いであろう本を勘で選ぶ」という、三つ目の条件で、「博奕性」が非常に高まっているのは否定できない事実だ。学生諸君、済みません。もしかしたら、来年は、昔読んだ本で、再読しても良い、というのを選ぶかもしれません。実際、2年生の基礎ゼミではそういう方針(再読に堪えうる古典を読むこと)も取り入れています。

さて、後期の個人発表、これは学生諸君に好き放題に発表してもらう(だけ)のゼミなので、彼らの力量に依存する度合いが高まるから(逆に教員は何もしなくて良い。楽だが、ほったらかしだと、年末そのまま各人の卒論で大変なことになっちゃう)、心配でもあり、楽しみでもある。

とにかく、お互い耳学問し合って、物知りになれればいいですね。
ゼミは、敢えて理想を掲げますが、全人的なおつきあいと、切磋琢磨、これにつきます。

来学期も、宜しくね。

個人発表仮題目 

今日が前期の最後のゼミ(来週の月曜日は祝日、再来週は補講&試験期間に突入だから)。

後期は個人発表をしてもらうので、先週末までに、その仮題目を出してもらった。以下はその一覧(まだ絞り切れておらず、一人で複数の案を出してきた学生もいる)。

(三年生)
「シンガポールの多言語社会」
「障害者問題(出生前診断の是非や、社会や学校ができることとは何か)」
「日本における英語公用語論について」
「江戸時代の見世物について」
「社会学的観点から見たロック・ミュージック」
「中世の子どもたち」
「北ヨーロッパにおける海上活動」
「アンベードカルの不可触民制撤廃運動と新仏教運動」
「現代の奴隷制と呼び得るような状況」
「百貨店の経営方針の変遷」
「仏教史、又は宗派比較」
「MINSYUKUの魅力」
「ヨーロッパの大商人」
「日本における音楽文化の変遷」
「ラテン語から派生した言語」
「発音の母音融合」

(4年生)
「ホリスティック医学と修道院-聖ヒルデガルドの治療法-」
「強制売春の実態:ジェンダーの視座から-人身売買の一大目的地 日本」
「スクールカウンセラーに期待されている役割と現場での役割、またその児童への影響」
「若者支援から見る労働問題」
「本田宗一郎について」
「日本における朝鮮人陶工の影響―有田焼と薩摩焼を中心に―」
「女性の摂食障害について」
「Jazzの沿革とその社会背景」

いやあ、見事にバラバラ。まあ何人かはかぶっているけど、ほとんど僕の守備範囲外だ(笑)。
大丈夫かな・・・。問題なのは、卒論抱えた四年生が、僕の守備範囲外なのが多いってことだ。

苦学生 

ようやく、音信不通だったゼミ生が捕まる。
「仏(ここでの仏とは、単位を容易にくれる僕のような教員への賛辞としての「仏」です)の顔も三度」の通り、彼の携帯に三回ほどかけて、最後にようやく捕まったのだ。というわけで、ギリギリセーフ。「仏」と言われても、イエスのように「七の七十倍許せ」という境地には、ほど遠い僕です。
彼はこのところ、お金が尽きて(彼は仕送り無しで、完全に自活してやっている)、深夜のバイトをこなし、昼夜逆転の生活をしているようだ。
その境遇には同情するが、ついつい説教口調になってしまう。やはり、教員としては、最低ライン(例えばゼミなら半分は出席する、課題レポートは出す、など)はせめて護っていただかないと、モラル的にも色々まずいのだ。最初は彼が引きこもっていたり、もしくは実家に帰ったりしているのでは、と思っていたら、意外と元気(?)に働いていたので、その点だけは安心。

近頃は、大学側の結構シビアな対応をしようという動きが目立っている。一部の国立大学では、単位をあまりに取っていない学生に「退学勧告書」を出すところまであるし、私立大学などは、昔から成績表を保護者に送りつけて「お宅のお子さん、こんなんでっせ」と知らせたりしている(僕の兄はこれでサボりまくっている実態がばれ、父にボコボコにされた。閑話休題)。
僕はそういう動きには諸手を挙げて賛成ではないが、シビアな対応は基本的に「正論」ゆえに、反論が難しいのも事実。

考えさせられるなあ。彼がバイトの間を縫ってでも出席したくなるような魅力的なゼミではなかったのも事実だし。

題目をかき集める 

昨日は、後期の個人発表の「(仮)タイトル」をかき集める日。
僕のゼミは、前期は輪読ゼミ、後期は、人数にもよるが、個人発表を一人約一時間してもらう。このゼミのやり方は、僕が学部生時代に受けていた恩師のゼミのやり方をそっくり真似させてもらったものだ。やっぱゼミって、プレゼンテーションが要ですものね。今年は人数が多いので、ゼミ合宿も予定している。

で、昨日は要するに、その個人発表の「タイトル」の提出締め切り日なのだが、すっかり忘れている不届きものも結構いるので、最終的には、僕が携帯メールを一斉に送って、かき集めることになる。
まだ出していない奴もいるのだが・・・。どうするかは、来週の月曜日に考えよう。
四年生は、来週末に「卒論題目」を提出しなければならない(その提出が卒業への意志確認ともされている)。来週の放課後は、「行列のできる研究室」になる予定。僕が受け持っているの、難しいことやろうとしている連中が多いからなあ。僕が特に人気者、というわけではない。ただ、若造(わかぞう、もしくはわかづくり)なので、話しかけやすい、というのは学生の側からすればあるだろう。僕なんかは、学生時代、指導教官の先生が偉大すぎて、相談なんかいけなかったけど(大学院からは、相談することは義務になるのだが)。

お試し 

衝動的に、「お試し」に、アカウントを取ってみました。何たってタダだし。
何でも書く、というのではなく、このブログはゼミのことに特化した使い方をしようと思っています。もしくは自分自身の講義やゼミの反省日記として。
でも、firefoxだと、ところどころ崩れたりバグったりするしなあ。まだ、この会社のブログには慣れていませんので、ぼちぼちやっていこうと思っています。
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