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買い物のエンタメ化 

今年最後の学部ゼミ。

今日の発表者はT田さん。彼女のテーマは、フランスに誕生した史上最初の「百貨店」を巡る物語。
発表によると、それまでの個人経営の小売業とは一線を画して、何でもかんでもそろっている「百貨店」(デパートメントストア、グランマガザン)というのはフランスに19世紀中頃、ナポレオン三世の第二帝政期に誕生したとのこと。その名も「ボン・マルシェBon Marché」。なんか、すごくベタな名前だなあ。直球勝負って感じですね。何よりも百貨店の出現により変わったのは、必要なものだけ必要に応じて買う、という消費のあり方から「欲しいものを探しに買い物に出かける」「娯楽としての買い物」という観念の出現なのだそうだ。「買い物のエンタメ化」ですね。

彼女の発表の元ネタは鹿島茂先生の『デパートを発明した夫婦』(講談社現代新書、1991年)だが、僕の要求としては、この本の要約で終わるのではなく(今回の発表は、どうもそういう感じで終わったので)、もっと当時の時代背景(要するに第二帝政期の社会状況、特にブルジョワジーの勃興とか、階級に関わる部分)を押さえた上で、独自の解釈をレポートでは出して欲しい。鹿島先生の別の本や、フランス史のを読めば結構判るだろうし。

今回の発表で印象深かったのは、まず今現在我々が想像するデパートの商売のやり方が、この19世紀半ばには既に完成されていること。ディスプレイに凝ったり、カタログを作って通販したり、「バーゲンセール」によって回転率を上げるなど、現在の商売の原型が既にほとんど出揃っているのは驚き。
もう一つは、この最初のデパート「ボン・マルシェ」には「退職金」制度が設置されていたとのこと。これはものすごく「近代的」な性格のものだろう。もしかしたら、当時の社会主義的な思潮が影響しているのかも(想像ですが)。

というわけで、1月10日までゼミはお休み。
でも、これから年末に向けて卒論の相談は目白押しだなあ。
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バージョンアップしてから 

卒論提出までちょうど一ヶ月となり、そろそろ4年生の顔に悲壮感が漂う季節になった。

今日は二人の卒論を抱えた「迷える子羊」が現れてた。まあ、一人は年表的な事実を淡々と書き写しただけだったから、ツッコミどころがなかったのだが、もう一人は、まさに書きかけのメモ、という感じだったので、処置に困る。そこで、ついつい「説教」してしまう。
「このあたりは説明不足なんじゃないか?」と僕が突っ込んでも、「あ、まだ書いてないです、済みません」で全部スルーされるのだ。だから「書きかけを持ってこいと言ったけど、もうちょっと完成してから持ってきてもらわないと労力の無駄」と結構厳しく説教してしまう(あと、この子が脚注の書き方もなっていなかったせいもあるけど)。

というわけで、これを読んでいる僕の学生の皆さん。まだ慌てなくても良いので、ほぼ完成したもの(自分的には9割くらい出来たかな、と思えるくらいのもの)を持ってきてください。前に僕に見せたものが「バージョン1」で、今見せているのが「バージョン1.1」とか、そういうコンピュータソフトのようなマイナーチェンジは不要です。せめて「バージョン2」にしてから持ってきてくださいね。
あと、誤字脱字は、ワープロの宿命とはいえ、たくさんあると非常にこっちの気分は悪くなります。勝手なものですが。最低でも、教員に見せる直前に、自分で一回読み返してくださいね。

歌謡曲、というカテゴリーについて 

今日の個人発表は、N脇君。彼のテーマはずばり、日本の歌謡曲及びJ-Popの変遷について。このあたりに関しては、最近烏賀陽弘道氏の『Jポップとは何か』(岩波新書、2005年)という簡便なまとめがあるが、N脇君は70年代から90年代にかけて、「歌謡曲」というカテゴリーがどのように理解され、またどのようにその内実を変化させてきたか、ということについて、多くの実例を持ち出しながら説明してくれた。

詳細は省くが、80年代以降、リアルに様々な歌を体験してきた僕には、辛抱たまらん発表だった(笑)。自分でもびっくりするくらい、80年代の曲は「血肉化」されているのだ。こんなに口ずさめるとはびっくり。まさかこの年になって、しぶガキ隊の「Zokkon 命(Love)」を聞けるとは思わなかったよ。TSUTAYAで80年代の曲を借りまくってiPodに入れまくったN脇君の努力に敬服。あの時代、アイドル歌謡がどれだけ狂った世界だったか、というのが身にしみました(ホント、顔だけでレコード買っていたわけだもんね)。まあ、今現在のアイドルの曲だって、10年後には冷静に聞けなくなっているだろうけど(笑)。

90年代から「Jポップ」という言葉が徐々に定着し、テレビドラマとのタイアップでミリオンセラーというパターンが作られたことはこれまでも多く指摘されてきた。彼の作ったタイアップの一覧表を見て気付いたのだが、90年代にメガヒットを飛ばした人の多くが70年代から活動しているベテランなのだ。例えば「ラブ・ストーリーは突然に」の小田和正は、いうまでもなくオフコースでの活躍があったし、チャゲ&飛鳥や中島みゆきや森田童子(彼女なんて、70年代しか活動してないくらいだ)や浜田省吾も70年代から活躍している。もしかしたら、ちょうど70年代生まれ(まさに僕もその一人)が、リアルで体験できなかった人々を90年代に「再発見」したのかも知れないなあ、なんて思いつきをダラダラ喋る。

なかなか創見も盛り込まれ、予想以上に面白い発表だった。この手の発表は文献も少ないし、その人の「濃さ」が発表の面白さに直結するからちょっぴり心配していたのだが、まあ良かったです。後はちゃんといいたいことを整理して、「歌謡曲」というカテゴリーの時代的変遷をすっきりまとめることだな。面白いレポートを期待します。

朝日のようにさわやかに・・・とはいかないな 

さてさて、何人かは昨日お酒を飲み過ぎたかも知れないが、ゼミ合宿の二日目は誰にも平等にやってくるのだった。聞いたところによると、4時半くらいまで飲んでいた連中もいたそうだ。若さって凄いわ。

朝食は8時から、とちょっと遅めの設定なので助かった。8時ちょうどに携帯を鳴らして起きると、何と既に女子の多くが綺麗に身繕いをして、食堂へ向かおうとしているではないか!!彼女たちの多くもろくに寝ていないくせに。これにはびっくりするのと同時に「やっぱ女の子はそのように行動することが求められるのかなあ」とジェンダー的に考えてしまう僕でした。男子は当然(?)だらだらとしてなかなか起きやしませんでした。でも、昔の僕の大学同期の女子(T澤、M下、君たちのことだよ)は、元々凄く飲む連中だったが、ゼミ合宿の時は輪をかけてひどく、確か敷き布団のに頭からつっこんで死亡していたような記憶がある。あいつらが特別なのかも知れないが。

朝食のあとは、最後の発表会。今日の発表者は2名で、最初はI代さん。テーマは「出生前診断」というもので、朝っぱらから大変ヘヴィーなもの。妊娠中、もしくは着床前診断のようにそれ以前の段階で遺伝子的に異常はないかどうかなどを検査する技術は年々進歩しており、それに伴って問題は大きくなっている。彼女はこれまでの出生前診断や中絶を巡る法の流れなどを調べてきた。実は、このテーマは僕のゼミで2年前に森岡正博先生の『生命学に何ができるか』(勁草書房、2001年)を読んだりして考えたこともある。この手の倫理問題は結論が出るような問題ではないが、この出生前診断は、検査をするかしないかから始まって、絶えずカップル(もしくは母親)に対して選択を迫ってくるというのが一番の問題であろう。今や重篤な遺伝性疾患も遺伝子検査でいくつかは判る時代となっている(筋ジストロフィーやハンチントン病など)。僕の尊敬する武藤香織先輩が訳した『ウェクスラー家の選択』(新潮社、2003年。ハンチントン病の因子を持っていると診断された家族の物語)をちゃんと読まなくちゃな、と思った。
そして最後の発表者はK山さん。彼女のテーマは「ヴァイキング」。9世紀から11世紀にかけて、北欧の「ヴァイキング」と呼ばれる北方の民が、広い領域にわたって交易やら戦争やら時には略奪も行っており、今回の発表はその中でも有名な二つのヴァイキングの遺跡を中心に紹介してくれた。
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彼女はホワイトボードにヨーロッパの地図まで書いて色々説明してくれ、僕も久々に世界史の入試で覚えさせられたことなどを思い出す(ノルマン・コンクェストとか)。歴史系の発表はどうしてもその流れを追うことで精一杯になりがちだが(初日のT田君のロスチャイルドもそう)、何か一つ、自分なりの見解を付け加えて欲しい、と教員としては欲張りなことを希望してしまう。
これでゼミの日程は全て終了。一人の病人(急性アル中含む)も出さずに無事に終わってくれてホッとする。

最後に玄関前で、記念撮影をしてゼミ合宿終了。
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皆さん、お疲れ様でした。でもやってよかったです。

ゼミ合宿初日 

今日はゼミ合宿の初日。
僕としては、教員(引率者)として赴く初めてのゼミ合宿で少し緊張。場所は、以前このブログでその下見の様子をご報告した京都府立ゼミナールハウス」。
僕が学部生の時、僕の指導教官でもあった島薗進先生が八王子セミナーハウスに連れて行ってくださり、そのゼミ合宿の体験が忘れがたいものとなっているので、僕も教員になったら真似しよう、と実はずいぶん昔から目論んでいたのだ。だが、なかなかチャンスが無かったが、今年度の僕のゼミ生の人数が多いので合宿をしないと全員の発表が年度末までに終わらないという物理的理由から、今年からスタートすることにした。

まずは朝の10時半に大学の正門に集合。そこから貸し切りのマイクロバスでうねうね続く山道を登る。
今から出発

道が思ったより空いていて、一時間弱で到着。
早速昼食をとり、発表の前に、ゼミナールハウスから歩いて約30分ほどのところにある「丹波マンガン記念館」を訪問。最初学生は「何でマンガン記念館なんですかあ」という感じに思っていたらしいが(この記念館の名前だけ聞くと、小学生の社会科見学のように思えたのだろう)、戦前朝鮮人労働者(強制連行も含まれる)がここで多く働いていたこと、その補償などもなされていないことなど、この地域のマンガン鉱山の歴史を展示物で知ると、僕がわざわざここに連れてきた理由を納得してくれた。ここは鉱山の跡地をそのまま利用して、マネキンを工夫(苦労)して展示を行っている。費用を安くするために、いわゆる彫りの深いファッションマネキンを仕入れて(東洋系の顔をしたマネキンより安いのだそうだ)、当時の様子を再現している。そこが却って得も言われぬ雰囲気を醸し出している。
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坑道の中はでこぼこしていて(これでも人が通れるように大分直してあるのだが)、平衡感覚が狂う。坑内は年中ほぼ同じ気温(約12度)だそうだ。
一応今年の僕のゼミのメインテーマは「ポストコロニアル」というものだから、それに相応しい訪問場所だったといえよう。
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坑道を抜けると、当時の道具や歴史的資料がずらっと並ぶ資料室にたどり着く仕組みになっている。学生諸君も、展示物を熱心に見ていた。ここを訪問することを熱心に勧めてくれた駒込武先生に感謝。

マンガン記念館からの帰り道、酒屋さんを見つけたので、急遽追加のお酒を買い足すことに決定(肝心の発表の前からお酒のことしか考えていないダメダメな教師です)。購入したのはワイン一本と日本酒の四合瓶。日本酒の名前は「初日の出」といって、このあたりの地酒(純米吟醸を買ったのだが、これが大当たり。後述)。

さて、適度に散歩もして、気を取り直して、早速この合宿のメインイヴェントである個人発表会に突入。ゼミ室の入り口には、このような看板を用意してくれていた。
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トップバッターはI田さん。彼女は「少子化問題」についての発表。このところ、少子化問題についてはかまびすしい議論が繰り広げられているが、まず彼女は出生率の変遷や、それに伴う施策、男女共同参画についての流れを丹念に調べて、少子化と男女共同参画社会の関係についての代表的な言説として、赤川学先生(『子供が減って何が悪いか』ちくま新書)と鈴木りえこ氏(『超少子化』集英社新書)を取り上げ、その比較をしていた。おおざっぱにまとめれば、赤川先生は両者は切り離して考えるべき、というもので、鈴木氏は出生率を上げるためには、ますます男女共同参画社会の「実現」を目指すべき、というものだ。少子化問題は法制度的な側面と、人々の意識(改革)という困難な課題にぶつからざるを得ない性質のもので、一朝一夕に結論が出せるものではない。今後彼女が赤川・鈴木両氏の長短と、それに対する自分の意見を言ってくれればいいと思う。
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次はO田さん。彼女はいわゆる「近代家族」論についてのレポート。元々彼女はフィリップ・アリエスのような「子供観の変遷」というのをゼミ発表で行うことを考えていたのだが、だんだん日本における「近代家族」や「家制度」の流れに興味がシフトしていったのだ。今回の発表は主に家族社会学(落合恵美子先生や牟田和恵先生など)の成果の総ざらえ、といった風情。ヨーロッパの「近代家族」の理念型がそのまま日本に当てはめづらいというのは前々から言われていることであるし、日本の「家制度」の特徴も多く論じられてきたところだろう。今後は明治民法の特色を押さえるなど、深めていって最終レポートに結びつけて欲しい。
この二人の発表の後、夕食。その休憩中に、僕はセレッソ大阪が優勝を逃したという悲報をニュースで見てしまい、一瞬やる気をなくしたが(笑)、気を取り直して、夕食後の発表に臨んだ。
次はT田君。彼のテーマは「ロスチャイルド家」。そう、あのユダヤの大商人の歴史を追ったものだ。彼の発表によるとロスチャイルド家はナポレオン戦争時に、結構きわどい商売をやって巨万の富を築いたそうで(ヨーロッパ中の情報をかき集めて、国債の売買なども有利に進めたそうだ)、コメンテーターだったM角君が言うように、そのような抜け目の無さが、ユダヤ人に対する偏見を増幅させたのかもしれないな、と僕も思った。ということで、僕からのアドヴァイスも「ノーマン・コーンの『ユダヤ人世界征服陰謀の神話』(内田樹先生が翻訳者)とか、ユダヤ人陰謀説がどのように出てきたのか、というのも見てみたら」というものになってしまった。まあ、正確には時代が違うんですけどね。
この日最後の発表者はI居君。彼は「ロックンロール」を取り上げた。1950年代からビートルズを経てロックが確立する約20年間を追った発表。つまりは「ロックンロール黎明史」といった趣。最近はエルヴィス・プレスリーやビートルズ、ウッドストックなどの研究書も増えているようで、彼の挙げた参考文献に興味深いものがいくつもあった。今度買おうかな。そして彼はウッドストックのDVDまで持ってきて発表中にジミ・ヘンの「星条旗よ永遠なれ」を流してくれた。いいねえ。

というように4人の発表を終え、ようやく今日の予定は終了。I居君の発表が終わった後は、飢えたオオカミのようにお風呂とお酒のことしか考えられない集団になりはてました。
今日一日の疲れを癒すべく風呂に入り、夜の10時頃からエンドレスの宴会へ突入。合宿はこうじゃなくっちゃね。この合宿所にはビールは自販機で売っているが他のお酒は売っていないと知っていたので、僕を含め何人かが家からお酒を提供。僕は梅酒と、奄美大島の黒糖焼酎。そして、マンガン記念館の帰り道に買った日本酒(飲みやすすぎて、危険だった)とワインも空け、学生たちと馬鹿話に興じる。その内容は、やはり「恋愛話」に収斂される。僕は「セクハラ」扱いされるとシャレにならないので(何たって、学内ハラスメント委員の一人ですから)、自分から学生にその手の話を聞くことはないが、自分で言うのも何だが、僕は誘導尋問がうまいらしく、ボロボロ学生が自分から色んな話を暴露してくれて、飲み会の場が僕にとっては若い皆さんの恋愛実態についてのフィールドワークの現場と化した。お酒に酔っていた皆さんはあまり何を喋ったか覚えていないかも知れませんが、安心してください、僕はこの手の秘密は守る男です。自分が何を口走ったのか不安に思う人は、後で僕の研究室に来るように。あと、もし僕が発したかも知れない暴言を覚えている諸君は、卒業までは忘れて振りをしていてください。

普段宵っ張りな僕だが、さすがに体力の消耗が激しく、2時半頃脱落して、布団に滑り込む。
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