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年末・年始の営業時間のお知らせ 

卒論・修論を抱えている皆さんへ

冬休みに入って、ますます追いつめられた気持ちになっていることと存じますが、いかがお過ごしでしょうか。

さて、さすがの僕も、年末年始は家族との関係もありますので、とりあえずお休みさせていただきたいと持っています。
まず12月31日から1月4日までは、僕の方も完全休業しますので、その間にメール等を送ってもらっても、恐らくお返事いたしませんので、悪しからず。5日から出勤して、通常の営業時間になる予定です。

それでは皆さん、よいお年を。
北野天満宮にでも行って、学業成就(論文完成)をお祈りしておくように。
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良妻賢母という規範とその「縛り」 

今年最後のゼミは、O田さんの「良妻賢母思想の成立と性別役割分業の浸透」というタイトルの発表。「良妻賢母思想」が、富国強兵路線を進める日本にうってつけの思想であって、江戸時代以前なんかは「女大学」に代表されるような女訓書は「賢い女」を想定していなかった、というのはもはや家族社会学や女性学の「常識」となっているが、今回のO田さんの発表も、まずはこの「常識」をもう一度先行研究を整理しつつ(小山静子先生とか)、実際に明治時代に使われた「女大学類」(女大学を「現代」風にアレンジしたもの。女学校で多く使用された)と「女大学論」(女大学を批判的に論評した書籍の類)を引用し、特に後者の「男女同権」と「性別役割分業思想」の共犯関係を振り返った発表とまとめられるだろう。事実、女大学を辛辣に批判した福沢諭吉や一条忠衛も、「男女は同権だけど、それぞれ役目や役割が違うよね」というところが限界だったとは指摘できよう(一条は「良夫賢父」思想も鼓吹しており、ちょっと違うところもあるのだが、省略)。

井上哲次郎や加藤弘之という東京帝大の大立て者も、けっこうこの「女大学類」の執筆普及に関わっているというのは、個人的に興味深い(まああのおっさんどもならやりかねないけど)。僕は彼らが書いたものはまだ見ていないので、O田さんには、特に加藤弘之が書いた『明治女大学(1901年発行)』という書籍にいわゆる社会進化論的な色彩が出ていないか確認するように要求する。
また、ゼミ生諸君には、今現在も隠然たる力で我々を支配しているかも知れない「良妻賢母」思想を考えてみるようにと指示(これはコメンテーターのT野さんの意見でもあるが)。

これは卒論の前振り発表だが、前半部分で終わってしまったのはいかにも残念。来週あたりに、今日発表できなかった部分の下書きを書くようにO田さんにお願いして、今日は終了。

「少子化」と「ニート」 

今日の発表者はI田さん。彼女はずっと「少子化」問題について研究中。卒論もこのテーマで書くわけだが、今日はそのいわば「最終確認」の発表。
彼女は今まで少子化について、どのような研究がなされ、また政府はどのような対策を講じてきたかをまとめ、それぞれに良い面と悪い面を踏まえつつ、「さて次の一歩は」というのを目指した発表だった、とまとめられるだろう。

中間発表でA達先生に「もっと学術論文に手を出せ」と言われたのに発憤して(笑)、今回の発表は、その成果を十二分、とは言えないまでも、レジュメ末尾の参考文献一覧に彼女の労苦がしのばれる出来となっていた。GJ!
僕としてはどのようなアドヴァイスをしようかな、と思って正直と惑ったのだが(何せ、この問題に関しては、僕は赤川学先生の『子どもが減って何が悪いか』しか読んでいないので、知識面は完全にI田さんの方が優っている)、合宿中に行われたM井さんの「ニート言説」問題と少子化って似ているな、と思い、そういうアドヴァイスとも感想ともつかない話をする。要するに両者にまつわる言説は「心理的なもの(として還元される)」傾向と「経済的理由(に還元されるもの)」に二分され、大体前者の方がマスコミでは喧伝される傾向がある(『ニートって言うな』という本はその傾向を問題にしたものだったわけだ)。この両端のどちらに力点を置くがか、論者の分かれ目だったりするところがそっくりだと思ったのだ。「子供を産むのが怖い」という心理的な原因を重く見るか、そもそも産みたくても産めないという経済的・外的原因を重視するか。

まさか、一介の学生が大きな政策提言をするわけにも行かないから、流れとしては、赤川先生のように「少子化言説」をメタに分析する方法と、各論者から出されている提言の問題点の整理の併記、という方向になるだろうなあ。この手の問題は、「落としどころ」というか、オチを付けるのがけっこう難しいんだよね。
正直戸惑っていますが、I田さん自身が各論者の話をまとめる過程で、それをミックスさせたようなもの(=自分の意見)が滲み出てくると良いのだけど。

湖畔の静寂を破るもの 

夜の宴会は日付変更線を越えて行われたので、この日のことは、その宴会から書かねばならないだろう。
鍋を食べ終わったあと、大広間に戻って、それぞれが持ち寄ったり、行きがけのスーパーで大量に買い込んだお菓子をばっと拡げて、二次会開始。僕も自宅から「日本酒四合瓶」、「梅酒」、「ワイン」と三本も持ってきて、すっかり臨戦態勢。それどころか、「紙コップで日本酒飲むのは味気ないなあ」と思って、自宅から割れても良いような安物のおちょこをいくつか持ってきて、日本酒好きな学生数名(K川さん、O田さん、Mさん、K藤さんなど)と、まずはK川さんが持ってきてくれた京都綾部のお酒をいただく(彼女は一升瓶を抱えてきたのだ、リクルートスーツで)。僕のゼミは女の子が多いので、自然と甘めのお酒や缶チューハイに人気が集まる傾向があるが、何人かは、僕も知らなかったが、日本酒なども結構いける口で、僕もおちょこで注がれるまま杯を重ねてしまう。
やはり合宿は、泊まりがけでだらだら飲むことができるので、みんなも後先考えず、ガンガン飲む。余るんじゃないかという僕の心配をよそに、買ってきた酒は順調に減っていった。
そして、僕のゼミ旅行では既に恒例となった観がある(って、まだゼミ合宿は二度目なんだけど)「恋バナ」、要するに学生達の恋愛話(しばしば学生同士の暴露合戦)を拝聴し、「ほほう」と感心するやら呆れるやら。でも、学生達の名誉のために、この場ではその細かい話は書けないのであった(聞きたい人は、僕かM原君か、T田君か、M田さん、T田さんに聞くように)。いやあ、お酒(オシャケもだが)って恐ろしいですね。
酒も回り、深夜になったので、みんなの笑いの沸点が異常に低くなり、そこかしこでどっかんどっかん爆笑が起こっていた。しょーもないギャグにも爆笑、トランプの「大富豪」での変なカードの切り方で爆笑。特に、I代さんが自宅から持ってきた、超レアなカードゲーム「たんば」(丹波哲郎の「大霊会」のパロディとして出たカードゲーム。イラストが相原コージ)をやっている連中は、端から見たら薬をやっているとしか思えないような狂乱ぶり。「♪静かな湖畔の宿の奥から、朝まで笑う声がする~♪(「カッコウ」の節で歌ってください)」という感じ。僕はさすがに午前3時半頃に大広間を退出し、こういう事もあろうかとあらかじめ風呂上がりの時に敷いていた布団に滑り込んで、就寝。

そして、数時間後の起床時間、僕は引率教員としてはあるまじき事に、目覚ましをしっかり止めて、爆睡してしまっていた・・・(学生に起こされました)。下の食堂に行くと、女子学生達が全員集合してしっかり食べ始めていた。男子(僕も含む)は、皆遅刻。こんなところに、有意なジェンダー差が現れてしまった(笑)。前期のゼミで勉強したことを自らが証明する事になろうとは・・・。

朝食を食べ終えたあと、最後の発表者T田さん(宴会時の暴露話でダメージ大)の「19世紀パリにおける近代消費意識の形成」という発表を聞く。彼女は去年も似たようなテーマで僕のゼミは票をし、今年もそれを貫いて卒論に持っていこうとしている。彼女の発表は、19世紀のパリにおける「百貨店」の誕生と消費意識の変化を、当時のカタログやら、風俗を描写した小説(バルザックやゾラ)を資料として、再構成しようというもの。僕としては、例えばゾラの『ナナ』とかに、パトロンがナナに百貨店で良いものを買ってあげる描写とかがあれば、それをもっともっと引用していけば良いんじゃない、というようなアドヴァイスをする(ちょっと小説からの引用数が少なかった気がしたので。風俗を描写した小説を「状況証拠」として使うなら、もうちょっと数が欲しいところ)。

これにて今年のゼミ合宿の日程は全て終了。今年も1人の急性アル中患者も出さず、無事に終わったことをどこかの神様に感謝する。
最後に宿の前の湖畔で集合写真を撮って、帰宅。皆さん、お疲れ様でした。

集合写真

琵琶湖のほとりでドンジャラホイ(意味なし) 

今日と明日は、僕にとって第二回目のゼミ合宿。
去年は全て僕が仕切っててんやわんや(死語)だったが、今回は学生諸君に宿の手配及び「ゼミ合宿のしおり」の作成、集金、買い出しなど全てを任せきったので(尽力してくれたK川さんに感謝)、非常に楽な思いをした。
でも、京都駅での集合ですら遅刻寸前の奴(しかも夜の宴会代を持っていたオシャケ)が出て焦ったのだが(何とか電車に飛び乗ってセーフ)、一路湖西線の和邇駅へ向かう。場所は琵琶湖西岸の宿「千鳥荘」。本当に目の前が琵琶湖で、風光明媚そのものだった。そういう気分の良いところで缶詰めになって、初日3人、次の日1人の個人発表を集中して聞く。今年は、泊まりがけで酒が飲めると聞きつけたゼミ外の学生も数人参加して、男子3人女子17人の計20人が参加。

宿には3時半頃到着し、早速M井さんの発表からスタート。彼女の発表は「ニート言説から見る若年層批判の仕組み」というタイトル。要するに、「ニート」という言葉が一人歩きして、「最近の若い者は・・・」という古今不滅の台詞に彩りを添えている現状及び、実際に「若者が働かない」のではなく「働けない」という事実を見落とさせるような役割を果たしている事への問題提起という内容で、『ニートって言うな』の後藤和智氏の仕事に範を取った研究といえるだろう。であるので、僕がこの『ニートって言うな』の読後感と同じ事を彼女の発表にも言うことになった。つまり、確かに心理還元主義やいわゆる自己責任論のように、若者に責任を一方的に負わそうとする「ニート言説」は、後藤氏の言うとおりよくないものであるが、よく見ていくと若者批判にも様々な「グラデーション」があるのではないか、論点の強弱の付け方などの差異をちゃんと見極めるようにとアドヴァイス。それと本田由紀先生の単著もちゃんと読み込めと命令。

二番手はM田さん。彼女はY口先生にも教わりつつ、「シャーロック・ホームズシリーズにおける19世紀ヴィクトリア朝社会階級観について」というテーマで卒論を執筆中。彼女はホームズ・シリーズで出てくるいわゆる「ワーキング・クラス」の口語がどのような表記をされているかという実例をいくつか挙げ、いわば物語に描かれた世紀末ロンドンの描写を読み解く、という作業をしつつあるわけだが、僕のような門外漢でも興味深いと思ったのは、やはり作者コナン・ドイルの生涯だ。彼は画家一家に生まれており、叔父さんは有名な「妖精画家」だったそうだ。ドイルがスピリチュアリズムに傾倒したのは有名な話だが、その背景を僕も積ん読状態の本を読んで、個人的に知っておこうと思った。
そして三番手はT野さん。彼女はマスコミに興味があるということで、「現代ジャーナリズムにおける「客観報道」の落とし穴」というタイトルで発表。彼女は原寿雄氏の『ジャーナリズムの思想』(岩波新書、1997)と森達也・森巣博『ご臨終メディア』(集英社新書、2005)あたりを足がかりにし、「客観報道」というニュースを貫く原則が、いつの間にやら当の事件自体への批判や、自らの報道がもたらすであろう影響力を忘れている現状を問うという内容だった。僕も、友人に映像ジャーナリストが1人いるし、言説の意図せざる影響力というのは僕の研究テーマの一つでもあるから、メディア・スクラムとかの問題と共に、考え込まざるを得ない内容だった。

というわけで、到着直後から、夕食までの4時間あまりで一気に発表をこなして、さすがにみんなもグロッキー状態。僕が今回こういう強行路線を貫いたのは、夕食が鍋だと聞いて、「鍋にはやはりビールだよね」→「ということは、夕食前に二人、夕食後にもう一人発表をさせるというわけにはいかない」→「夕食を遅めにお願いしてでも、一気に終わらせて後顧の憂いがないようにせねば」という僕の思考回路のせいです。他意はありません。
学生諸君も、当然のことながら、終わったあとテンションが高い高い。僕が引率教員として乾杯の音頭を取ろうとしたら、まだビールに口を付けていない段階で、その乾杯の音頭の役目をオシャケが取りやがった。

食事のあとは順番に風呂に入りつつ、先ほど発表をした大広間で、持ち込んだお酒とおつまみで、、深夜までのエンドレス宴会に突入するのだった・・・(以下次号)。
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