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地獄とはここの事かと人は言い(適当) 

今日は発表者はK沼さん。ゼミのはじめに卒業アルバム用の撮影をしたので、約30分押しでスタート、その間に彼女は慌てて外のコンビニかどこかへコピーを取りにいきやがった。全く良い度胸だぜ。この撮影時間を見越してなら、喰えない知能犯だが(笑)。

彼女の発表のネタは、中世の絵巻物に見られるような「地獄絵図」を中心に、仏教の世界観とか地獄観がどのようなもので、どのような影響を当時の社会に与えていたか、というのを考察するもの。

まず彼女は仏教の世界観(須彌山中心の同心円的且つ多元的な宇宙論)の説明をして、地獄というのも何層にも分かれていて、「天国か地獄か」という単純なものではない事を示した。僕も多少はこの辺りを押さえていたつもりだったが、「金輪際」の語源とか、「三千世界」についての説明を改めて聞くと、自分の無知を恥じるしかない。
その後彼女は、図版を回しながら、等活地獄に始まる種々の地獄の説明をしていった。
一週間前はどうなるかと思ったが、まあ何とか発表の形にななっていたので安心したが、厳しく言うと、自分の意見がほとんどない発表だったので(色んな地獄の紹介記事で終わっていた)、その点はレポートで挽回してもらうしかない。
例えば絵巻物にはキャプションというか、文字情報もあり、主要なものは既に読解されているわけだから、そこからどのような「脅し」が読み取れるか、とか、当時の浄土教思想の特色(六道輪廻とか地獄行きを強調した宗派を調べる、という事だ)とかも調べる必要があるだろう。絵解きによって地獄の恐ろしさを強調し始めたのはいつか、というのも調べなくては(枕草子に、「地獄絵」という言葉があるので、少なくとも清少納言みたいな女房達にはあの時代に説かれていた事になろう)。
ともかく、まだ彼女が自分の問題設定を完了していない段階なので、これ以上は何とも言えない。もっと地獄について調べて、自分でもっと掘り下げたい部分を発見してもらうしかあるまい。
地獄を見るのは、これからだな。
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戦隊ヒーロー達はフェミニズムの夢を見るか 

今日の発表者はA部くん。彼の発表タイトルは「戦隊ヒーローにおける女性進出史―不動の赤と、変化するピンク―」というもの。しっかりサブカル研究してくれた。
「戦隊もの」と称される特撮のジャンルがある。「秘密戦隊ゴレンジャー」からスタートして30年の長きにわたって営々と続けられているシリーズだ(ゴレンジャーをリアルタイムで見ていた世代だもんね。僕。当時幼稚園くらいだが)。そしてモモレンジャーからはじまりこの戦隊ものには大体「紅一点」か「紅二点」のヒロインというか、女性メンバーがいるが、この30年、そのポジションはどのような変化を遂げてきたのか、どのような事がその変遷から読み取れるだろうか、というのが今日の発表のメインテーマ(だったはず)。A部君はちゃんとエクセルの表で、この30年のメンバーの編成とそのシンボルカラーの一覧表を作ってきた。これだけでも偉い。僕も、70%知らない番組だなあ。それに引き替え、所々で「それは○○マン(ジャー)でしょ」などと鋭く突っ込んでいたK浦さんは凄い。どこでその知識を得てくるんだか(笑)。

周知の通り(といえる知識がどうか不明だが)、この戦隊ものでは、赤は不動のリーダー色として用いられ(「赤」を欠いたメンバー構成はこれまで行われた事がない)、ピンクは基本的に女性の色としてずっと長らく使用されてきた。このような「役割分担」は、色彩心理学的にも、そこそこ説明が付く事が紹介されたが(赤は情熱、ピンクは母性とか)、よく見ると女性メンバーに、青や黄色が当てはめられる事もあるというのだ(具体的には、1991年の「ジェットマン」からスタートし、2002年の「ハリケンジャー」、2003年の「アバレンジャー」とか、間欠泉的にそのような事態が発生する)。A部君は、やはりこの分野の先行研究として屹立している斎藤美奈子さんの『紅一点論』の枠組みを借りつつ、日本社会における女性進出と、女性のカラーの複数化、ピンクからの離脱というのは相関関係にあるのではないか、との予測を立てたわけだ。勿論、簡単に実証できる類の設問ではない。彼は、女性の社会進出が声高に叫ばれた時は、複数の女性メンバーなどに意味が見いだせたかも知れないが、それがある意味当たり前となりつつある現在では、わざわざ女性を複数出す必要が感じられなくなりつつあるのではないか、という想定も提出した(要するに、特撮におけるアファーマティヴ・アクションの失効、という事)。

さすがに、こういうサブカルテーマだとみんな食い付きがよく、どんどん質問が出されて、僕としても面白かった。掬すべき意見と思ったものとしては、N山さんの「やっぱりセーラームーンみたいな女の子が前面出てくるグループものはどう捉えるべきか」というものや、K浦さんの「赤、といっても、非常時の戦闘色たる赤と、日常生活で女性と結びつけられる事の多い赤はちょっとニュアンスが違うのではないか」というのと、コメンテーターのHさんの「視聴率低下の原因はどの辺りにあるのか」という質問と(つまり、子供のニーズにどれだけ応えているか、という事)、本筋とは余り関係ないが、F原君の「ちばあきおの『キャプテン』みたいに、全く女の子が出てこない少年マンガがあるが、そういう問題とはつながっているか」というもの。特に最後のF原君の発言は、僕としては、リアルタイム読者として目から鱗。確かにそうだよなあ、あのマンガ。すげえホモソーシャリティだったのか?
僕からのコメントとして、「複数ヒロインの場合、どのような色のヒロインに、どのような性格が与えられたかを考察するのはどうか。子供用の番組だと、やはりわかりやすさを優先するために、おしとやかでロングヘアなヒロインの一方で、もう片方がショートヘアのスポーティなヒロインなんて事があるのでは?」とか「男4人、女1人という組み合わせは、ゴレンジャーが最初ではなく、アニメだがガッチャマンとかコンバトラーVみたいな「先行作品」があるから、できる範囲で、それらの作品で、ヒロインがどのような扱いを受けているかを見てみたらどうか」「戦隊もののヒロインの分類をしてみたらどうか。ただ単にお色気担当で終わるということもないだろうし、ヒーローの恋愛相手だったり、色々あるのではないか」「敵方の女性キャラクターの造形はどうか」などを述べた。

まあ、面白いテーマでその基礎作業は済んだので、これからは個別の話を深めて欲しい。

残虐になるには何が必要か? 

えらく大仰なタイトルになったが、今日のK川くんの発表のネタは「戦争における残虐行為の原因」というタイトルで、例えば戦前の日本軍とかを中心に、どのようなメカニズムが働いていたかを考える、という主旨のものだった。
良く言われることだが、人間は拳銃を渡されても、人間に対してすぐさま撃てるほど「強くはない」ものである。要するに手も震え、標準も定まらず、弾は虚しく向こうへ飛んでいくものである。このことはデーヴ・グロスマンの研究が明らかにしているところである。であるから、「新兵教育」は、そのように人間を撃てないような優しさや自尊心を破壊することに心を砕く。旧日本軍のようにとにかく上官が部下を殴ったり、アメリカなら映画『フルメタル・ジャケット』のようにこれまた罵りまくり、軍隊的な脳味噌に「洗脳」したりするわけだ。このような心理学的機制は、上記のグロスマンや、数多の洗脳研究が明らかにしているところである(マインド・コントロールという点で、宗教学とも関わりがある分野でもあろう)。
K川君は、戦前の教育、日本のエリート軍人教育も重要な役割を果たしたのではないかと見て、その流れを追っていたのだが、友人からの批判や質問はここに集中した。すなわち、軍隊的な教育の長さと残虐さは比例関係にないこと(こういう批判がたくさん出てきたので、僕としてはびっくり。みんな成長したね)、残虐行為を実際にしたのは、徴兵された元一般人ではなかったのか、という問題だ。また、国家としても「中国人なんか殺してしまえ」と公教育の現場で教えたわけではもちろんない(修身や歴史の授業は、偏狭なナショナリズムと夜郎自大的な自意識の形成に影響したとは思うが)。
K川君の「心理学的側面」と「制度的側面」の二正面作戦は悪くなかったと思うのだが、やはり、教育制度によって、残虐行為に走る素地は作られても残虐さの直接的な原因は醸成されない、というところだろう。であるから、僕のアドバイスも、どちらかというと「心理的機制」を中心に見ていけば、という風に誘導的になった。戦後のPTSD問題も考えろ、といったのもその一環だ。残虐行為をなして帰還した兵士たちが精神の均衡を崩す、という問題は、どこにでもあったし、現在もイラク帰還兵に見られるようにそれは進行中である。というわけで、そっちの本もたくさん持っているから、K川君はこのブログを読んだら早めに僕の部屋に色々借りに来ること。

中間発表無事終了! 

今日は卒論中間発表の二日目。
眠いけど、司会者の僕は遅れるわけにも居眠りするわけにもいかない。
今日は合計12名の発表を聞くことになったが、全体的なことを言えば、思ったより場は荒れず、無事に終わった、というのが第一の感想だ。二年前、三年前は相当荒れて、僕もちょっと卒論中間発表に対して攻撃的に臨んでいたのだが、さすがに我々教員も大人になったのか、それともこの十年間で叱るのに飽きたか疲れたか判らぬが、去年同様程々で済んだ(恐らく卒業生が今年の様子を見たら「ずるい、私たちの時はあんなにひどかったのに」と憤慨することであろう)。

昼ご飯を同僚のM利先生と食べていたのだが、先生が「今年は全体的に穏やかやねえ。みんなどないしたんやろうねえ」と感慨深くおっしゃっていて笑った(とはいえ、M利先生は休憩時間の折には、先輩の発表を見に来た3年生以下に対して「毎年同じようなことで怒ることになって、教訓が継承されないんだよねえ」ともおっしゃり学生達を静かにびびらせていたが)。
勿論、穏やかと言っても、サンドバッグとまでは言わぬが、相当色々指摘されて落ち込んだ学生もいた。まあ、これも自業自得。ディフェンシヴに振る舞えなかった自分を反省するしかない。

僕自身は、前日にも書いたが司会者として火だるまになった学生を救うべく、心の中に「消火器」を用意していたのだが、出動する機会はついぞなかった。ま、一旦火だるまになって炭になるまで燃えて、その灰の中から不死鳥のように復活せよ、とは思うが(しゃけ、S田さん、君たちのことを言っているのだよ)。
今日は昨日に比べて先生一人一人の「お説教」が長くなる傾向があり、予定時間がどんどんずれてしまい、結局終了も予定より40分ほど遅くなってしまい、さすがに双方ともヘロヘロ。

特に僕は「飲まなきゃやってやれない」という気持ちがあって、「終わった後、「先生、司会者ご苦労様でした」という俺の慰労の宴会を用意しておけ」と学生数名に言い渡しておいたのだが、その言い渡した学生を中心に北山の「又吉」で打ち上げを挙行(参加者はK川さん、T橋くん、I居くん、M本さん、T野くん、N見さん)。そういえば、僕は大体毎年有志を募って卒論中間発表の後は打ち上げに行くのだが、結構学生が真面目で意気消沈してそのままとぼとぼ帰ったり、ごく少人数だけがばらばらに打ち上げをやったりして、なかなか大人数で、というのはない。大体男の子と、留学とか留年とかして年がいっている神経の図太い連中(こういう表現したらK川さんから抗議を受けたが)と一緒に行くことが多い。まあ、終わったあと5時間近くも粘り、美味しいお酒を飲めました。僕もこのイヴェントが終わったので、4年生担任としての仕事も半分終わった気持ちでいます(実際、僕のゼミ生以外の学生に対しては、この中間発表が最初で最後の接触の機会だったりするのだ)。肩の荷が下りた。ふーっ。「今はしばし休め」とゲッセマネでいぎたなく弟子達が眠るのを見守るイエスの気持ちです(嘘)。僕自身が、ようやく平穏に寝られます。お休みなさい。

卒論中間発表会(初日) 

「やって来ました、試験の季節、たまにゃオヤジを喜ばそう(イェイ)」と歌ったのは横浜銀蝿ですが、本日と明日は「やって来ました、中間発表の季節、たまにゃ先生に叱られよう(イヤ)」というわけで、朝から夕方までびっちり、13名の卒論構想の現時点での成果を聞くイベントが開催された。僕は今年4年生の担任なので、自動的に司会者兼会場設営係。まず、いつもの僕にはあり得ないほど朝早くに登校して、守衛さんの所に行って、会場となる大学会館の多目的ホールというところの鍵をお借りして、マイクの準備をして、レジュメなどの配布物を一番後ろの机に並べて、3,4年生と同僚をお待ちする。

今年の学年は、去年のこのイベントが平穏無事に終わったので「中間発表ってこの程度で大丈夫なんだ」と舐めている可能性が大と言われ(ってぼくが言いふらしていた節もあるんだが)、担任の僕から見ても、どうも腰の定まらない奴が多いと思っていて、実は始まる前から、冷や冷やしていた。さあ、今日はどの先生の怒りが爆発するでしょうか、その「消火器」というか「国選弁護士」というか、そういう役目を僕は無事に果たすことができるでしょうか、というのが今日の懸案だったわけだが、結論から言うと、僕も、何人かの学生も気が抜けるほど穏やかに済んじゃいました。気が抜けたー。
なんだよー、2年前、3年前、4年前と結構「大変なこと」が起きたじゃないの。学生が意気消沈して打ち上げが中止になったり、何人か終わった後泣いたり、僕が何人かの学生を慰めに走ったりと、色々走馬燈のように蘇ってくるが、本日はそういうイベントも、死亡フラグも何もなし。
今日の発表終了後、喫煙場所で数名の学生と語ったが、「嵐の前の静けさで、今日溜めたマグマが明日爆発しそうで怖い」とびびる奴もいれば「僕たちの学年は元々期待値が低かったので、意外とできるじゃないと見逃してもらったのでは」という冷静な意見も。担任である僕も「そうだね、2割しか打てないと思ったら、2割5分打ったという感じかな」と追い打ちを掛ける。担任としての愛はありません。
まあ、ロクでもない発表に対しての怒りは正当なものだが、あまりに怒りの炎が強すぎて学生が丸焦げ、という例が数年前は多く、その発表の前後の学生まで類焼していたものだが、今年はそれもなし。何なのかな、同僚も年々丸くなっているのか?(そういうお年ではないと思うが)それとも単に、もしかして結構気分屋さんが多いって事?などとちょっと同僚批判めくことを思ってしまった僕なのでした。
明日も比較的無事に済んで、おちゃけが飲めますように・・・。

後期ゼミ始動 

今日から後期がスタート。それと同時に学部ゼミも再開。
今日は来週の「卒論中間発表会」に向けて、その予行演習ということで、4年生の二人に個人発表してもらう(僕のゼミは後期は基本的に一人一時間喋る個人発表ゼミとなる)。
で、今日の発表者はダブルO澤さんたち(以下、イニシャルとしてAとSで表記)。
まずはAさんの方から。彼女はある殺人事件を手がかりに、現代日本社会における「関係性」について考察。なんか話が大きく聞こえるかも知れぬが、要するに、コミュニケーションを巡る「病」という、中島梓以来のテーマだといえば分かり易いか(実際、中島御大の「コミュニケーション不全症候群」に乗っかった議論もあるし)。人に気を遣い、遣われることが当然とおもうような「神経症的」な社会に我々は現在生きているわけだが、こういう社会で「焼き切れて」犯罪を犯してしまう人、特に自我が安定していない思春期には多いということはまずは言えそうだ。そこでAさんは思春期の少年少女が友人関係などのもつれから犯してしまった犯罪を題材に「生きづらさ」を考えてみよう、という趣旨の発表をしたが、まだ議論が拡散してしまっている節がある。もっと問うべきは、心理学的な語彙で事件を解明して、それで納得してしまう我々の「身構え」(要するに心理学化した社会に住む我々)の問題だろうな、という感を新たにした次第。僕は議論にふくらみを持たせるべく敢えて、リースマンの「他人志向型」とか、ニーチェ、オルテガ・イ・ガセットの「大衆論」とかの「古典的見解」も引き合いに出したりしたが。
もう一人のSさんは、自分が好きなサッカーについて調べることを決意し、今は「サッカーにおける差別問題」というところに焦点を絞っている。ただし彼女の今回の発表は、個別エピソードが並列しているだけで有機的な流れが見出しがたい憾みがあり、思い切って関係なさそうな戦前のイタリア(ムッソリーニがワールドカップを誘致して、国民統合にもサッカーを用いて大成功したこと)とかナチスドイツ(人種差別的なイデオロギーからユダヤ系やスラブ系の選手を差別したり、時には殺害したこと)とかブラジル(代表選手にだんだん黒人が増えてきたこと)などの事例は切ったらどうかとアドヴァイス。戦前までさかのぼって仰々しく書くよりも、この数十年に絞る方が、恐らく実りが大きい。
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