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日本人にとって「宗教」と「平和」とは 

わざと大袈裟なタイトルを付けてみたが、これは実は今日のダブルヘッダーで行ったゼミの二人の発表の内容を無理矢理結びつけたもの。

まず一人目のA部君の発表(コメントはH山さん)は「“無宗教”と日本人」というもの。タイトルからの想像できるように、「無宗教」と自らも言い、他の地域の人からも言われることの多い日本人だが、実際のその「無宗教」の内実はいかなるものか、それはいつ頃に形成されたものだろうか、というのが彼の発表及び卒論の趣旨(って、指導教員がここまで簡単にまとめるのも何なのだが)。目に見える形での信仰心は近代化と共に逓減しているのは先進国共通の「世俗化」過程だが、宗教を求める姿は実は伏流している、というのも、最早学界の定説になって久しい。例えば世俗化理論のルックマンが、近代化された社会での信仰心の在り方を「見えない宗教」と述べたのが30年前、A部君の発表は、それを日本で確認しつつ、その原型は、特に明治期日本でグランドデザインがなされたのではないか、という国家神道論にも結びつくものとなった。
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まあ、上記のような優れた先行研究に沿っての説明なので、その理論を追いかけるのは僕にとっては楽(というか、もともと知っているし)。でも、それだけだと物足りないし、具体的にその「証拠探しをせよ」と複数の先生から中間発表でアドヴァイスされた彼が選んだのは、ある意味王道の島地黙雷とか井上毅。今後彼はこの二人の言説を中心に、明治初期の政治家及び知識人がどのような宗教イメージを構築し、それが今現在まで受け継がれているかを探ることになるだろう。
H山さんのコメントは、いわゆる明治期の信仰の在り方と、1970年代以降の信仰の在り方(新々宗教とか)は結構違うんじゃないか、という問題提起だったが、僕としては彼女がその信仰の在り方に上下を付けている気がしたので、「その時代に合った信仰の求め方があるだけじゃないかな」という言い方でたしなめる。

二人目のK平さんは「憲法九条と自衛隊」という、これまた大変なものに手を出したな、というのが第一印象の発表。九条に関しての研究(研究のみならず色々あるのは周知の通り)は立場が非常にはっきりと出てしまうし、「右」も「左」も汗牛充棟だと思うが、彼女はそういうのにあまり(というかほとんど)目配りをせず、世論調査から何が言えるか、というのに終始してしまい、ちょっと残念。まだ彼女が自分で何をやりたいかがしっかり判っていないのがありありと判ってしまい、みんなからも結構厳しいツッコミが来てしまっていた(良いぞ、もっとやれ!ゼミはこうじゃなくっちゃ)。
古典的な者だと、小林直樹先生の本が最早30年前に出ているわけだし、up to dateなものなら、PKO、PKFへの協力の仕方とか、自衛隊のイラク派遣の裁判所の判断とかアプローチのやり方は色々だろう。
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司会者兼コメンテーターのN山さんからの指摘で、いわゆるメディア・リテラシーの問題が出てきた。これも世論調査を読み込む時は重要。改憲派のY売新聞の世論調査は、選択肢がどう見たって「誘導尋問的」で、自分の社説に合うような結果が出るようにしている利己的なものだもんね。
やはり急にテーマを変えたせいか、端的に「勉強不足」。もっと色々調べて、自分に合うやり方を模索して欲しい(レポートまであと一ヶ月半ほどだが)。
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ゼミ合宿@南都二日目 

ということで、AK根君の大音量の携帯で無理矢理起こされた朝(椎名林檎の『りんごのうた』だった・・・)。
よろよろしながら朝飯を食べ、缶コーヒーを飲みながら新聞を読み、九時からまたまた発表会スタート。

一人目はK浦さん。彼女の発表は、彼女自身の地元である岸和田のだんじりを追ったもので、「地車祭礼と地域社会」というもの。しかし、残念なことに、彼女はほとんど研究が進んでおらず、この二ヶ月間、一体何をしていたのかとかなり厳しくお説教をする羽目に。はっきり言って、観光パンフレットに少し何かを付け足した(要するにだんじり祭りの概要をみんなに紹介しただけ)、という体のものだったので、「フィールドワークで拾った声をまとめること」と「先行研究の博捜」をきつく命じる。まあ、僕が言わなくても、仲間たちから「この発表はないんじゃない(大意)」といったピア・レビュー(仲間・同業者からの批評という意味です)の声が聞こえたのは非常に良いことだった。君たちも成長したねえ、と、先生、すこし目頭が熱くなっちゃった(自分の教育成果に対しての自画自賛の涙、というと身も蓋もないが←N山さんから指摘されたが、僕の口癖の一つが「身も蓋もない」だそうな。僕がゼミで放言しまくっている証拠ですね)。真面目に話すと、僕はゼミというものは、僕が垂直関係で教え指導するより、同級生、もしくは年の近い先輩後輩の間で切磋琢磨し合い、僕が「言おうとしていたのは全て議論の中で言われてしまったので、僕は特に言うことがありません」というオチになるのが理想だと思っている。

二人目(ラスト)はK川君。彼のは「日本人論について」というタイトルで、このタイトルから判る人は判るだろうが、南博の『日本人論―明治から今日まで (岩波現代文庫)』や青木保の『「日本文化論」の変容―戦後日本の文化とアイデンティティー (中公文庫)』などの先行研究に依拠して、ちょっぴり小熊英二的に明治期に対象を絞って「中国人、朝鮮人に対する優越意識はいかにして形成されたか」を追おうとしている。まあ、彼もまだ当時の本を博捜していないので、どんどん読んでいってもらうしかないね。
これにて、今年のゼミ合宿は終了。もう年だな、僕もヘロヘロ。折角だからと、興福寺の五重塔の前で集合写真を撮る。
081206_seminar 042
その後、少し東大寺などをぶらつき、昼ご飯を食べて京都に戻る。みんな、お疲れ様。

ゼミ合宿@南都一日目 

今年のゼミ合宿は、奈良へ。京都駅で一部の学生と待ち合わせて、そのまま奈良へ一路向かうが、その車中、二年前の卒業生だったT田君がいてビックリ(彼も3年前、2年前のゼミ合宿参加者)。冗談で「今から君もゼミ合宿に来るか?」と誘ってみる。
奈良は近すぎて泊まるということがほとんど無い場所だから、このチョイスはなかなかナイスだったかも。幹事のH野君、M田さん、お疲れ様。ゼミ外の者も来たので、総勢二四名の合宿となった(今までで最大規模)。

近鉄奈良駅を降りて数分の宿、その名も「南都」に投宿。そしてそのまま合宿恒例の「マラソン発表会」に突入。

大広間にてマラソン発表

一人目はN山さん。タイトルは「中絶論争からみるアメリカ社会―アメリカ社会の道徳的価値観を探る」というもので、コメントはF井さん。近代社会であり且つ宗教社会でもあるアメリカでは、よく妊娠中絶の是非が国民的議論になっているが、その根底となっているもの―要するにベラーがいうところの市民宗教だが―を考えようというもの。アメリカの統計資料や、荻野美穂先生の名著『中絶論争とアメリカ社会―身体をめぐる戦争』をよくまとめていたが、さて市民宗教については「以下、次号」となっていたので、これは今月中に何とかしてもらうことにしましょう(悪いが、荻野先生のもベラー先生のも僕は良く読んでいるので、ちょっと点は辛くなるかも知れない)。F井さんがコメントで引っ張って来たコメントがなかなか味わい深かった。

二人目はK沼さん。タイトルは「『宝物集』愛別離苦に関する一考察」というもので、完全に国文学系の発表。でも、そういうのも僕のゼミでやってもらうし、みんなにも聞いてもらうのが、いい加減なうちの学科の良さ。この平康頼が平安末から鎌倉初期に編んだ「和歌集」且つ説話集的な書物の性格をその構成から探ろうという試みだった、と思う。僕もない脳みそを絞って質問したが、的外れだったら済まない。

三人目はH川君。「サンタクロースに関する幼児の認識」というタイトルの発表だが、彼自身が「幼児がサンタをどう認識しているか」という実験心理学的な論文を参照にしているのに(幼稚園の年少と年長ではどう違うか、というような実験)、いつの間にやら話がスライドして「大人がこのような嘘をつくのはなぜか」というような話、つまり(僕の解釈だと)ユングは的な「物語の力の源泉をどう考えるか」という方向にシフトしていて、虻蜂取らずになってしまっていた。発表の形式がなっていなかったので、その辺もきつめに叱る(彼も二年目なので、容赦はしない)。

四人目がK山さん。「小学校における第三期国定教科書について」というもので、大正年代に編集された歴史の第三期の国定教科書(これは長年使われた)の性格を前後のものと比較することによってあぶり出そうとしたもの。彼女はコツコツやるタイプなので、安定していたが、ちょっと最後が駆け足になっており、また明らかなことについても「思われる」というような弱気な表現だったので「もう断定して良いよ」と促す。

ここまでで五時間半。僕もさすがにヘロヘロ。感心したことに、今年は「電池切れ」になるやつが少なかった。みんな、お疲れ様。
その後は夕食、そしてお風呂に入って、買い出しに行って、九時からいつものようにエンドレスの宴会に突入するのだった・・・(この辺りは十年一日の如く同じだから省略。毎年「今年こそは早く寝よう」と思うのだが、付き合いのよい性格が災いしちゃっている。僕が寝たのは3時半頃)。

日本の心理療法 

今日の発表はF原君。タイトルは「日本の精神療法」というもので、主に吉本内観と森田療法という、一定の市民権を持った「日本発の心理(精神)療法」に焦点を当てたもの。コメントはK沼さん。
(吉本)内観が、浄土真宗のいわば「異端」的な信仰から誕生したことは有名で、この療法自体の宗教性の一つの淵源になっていることは間違いないところだが、問題は「宗教起源だから宗教っぽい」という単純な話ではなく、何をもって「内観は宗教性があるといえるのか」という問題である(この問題はA部君やH野君が言う通り)。まあ、僕も実は「内観という宗教っぽい心理療法がある」と、島薗先生から教えていただいたのだけど。神秘主義に通じる一種の「異常心理」が問題なのか、カトリックの「告解」に似た構造が問題なのか、という言い方もできるだろう。フロイトは、「告解から宗教性を抜いただけ」と同時代人から批評されたが、吉本も浄土真宗の「異安心」から宗教性を抜いたわけで、その構造はパラレルだろう。
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“癒す知”の系譜―科学と宗教のはざま (ニューヒストリー近代日本)“癒す知”の系譜―科学と宗教のはざま (ニューヒストリー近代日本)
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森田療法は、宗教起源ではないが、「あるがままの自分を受け入れる」というような姿勢が、その後のニューエージなどに繋がりを持つ雰囲気は持っているだろう。森田療法も、信奉者が多く、関係書籍も汗牛充棟だが、どのあたりを参考にするかが問題だろうな。

あとF原君は「箱庭療法」とか「壷イメージ療法」とか「俳句療法」とか(!)、ユニークな日本の心理療法を紹介してくれたが(壷と俳句はさすがに知らなかった)、彼自身もイマイチどういうものかイメージできておらず、その紹介は中途半端な者に終わったきらいがあるので、変な「日本人論」に落とし込むよりは、素直に思い切って内観と森田療法の二つに絞ったら、とアドヴァイス。
日本の心理療法―その特質と実際日本の心理療法―その特質と実際
(1998/03)
不明

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今回の発表は僕が口出しするまでもなく、みんな積極的に質問攻めにしており、時間もあっという間に経ってよかった。今週末のゼミ合宿も、皆さんいっちょ、頼みますよ。
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