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「ポジティヴに」っていわれすぎ 

今日も小池君の本。読んだのは第2章の「ネットワークビジネス」。要約者はOS木さん、コメントはF瀬さんとK坂君。
セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマセラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマ
(2007/08/29)
小池 靖

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小池君は、アメリカ発祥の「ネットワークビジネス(代表的なのは、まさにアメリカン・ウェイの略たる「アム○ェイ」)の背後にある思想を19世紀末あたりのニューソートnew thoughtとか、積極志向positive thinkingに遡って考え、「願えばかなう」「思考は現実化する」という「教え」が現代の我々の様々な社会的場面でしばしばみられることを指摘している。日本人も「通販」好きだからねえ、この手の話しは他人事どころか、ものすごく身近且つ普遍的な話題だろう。
小池君はネットワークビジネスは非常に自己責任を強調する思想で、システムの矛盾や搾取に近いことに目が届かないことを問題視しており、実践者たちがアイデンティティの変容を経験していることなどを「宗教的」なものと見なしている(昔はquasi religionともいっていたよなあ)。
まあ、一番「宗教」に近いのは、定期的に行われる成功者の「体験談」をみんなで聞いて盛り上がる「ラリー」だよな(聞いた話では、リ○ブ21でも成功者が和田ア○子の歌声をバックに登場するようなイヴェントがあるそうな。見たい)。教団でも、「いかにして信心を得たか(深めたか)」という体験談を話すイヴェントはありふれており、これは私的な体験談を、公的な「神話」に変換・止揚するイヴェントといえるだろう。
F瀬さんのコメントは、「ググってみたら、ネットワークビジネスの会社の連想語で「被害」が良く出てきた」という実も蓋もないネタから始まり、宗教的側面の強いネットワークビジネスは、まさに代替宗教的なものとして受容されていないか、という問題提起。僕は「成功は、物質的な表現で定義される」ネットワークビジネスの世界は、実は宗教と地続きであることを述べ、その極端な例として、今は(幸いにも)亡き「悪の華」もとい「法の華三法行」の福永法源の言動を紹介。
K坂君は、今現在、まさにそのダイレクトセリングに誘われている体験談を沿えて(その話が非常に興味深かった。例えば不登校児を抱えた母親が集まるサークルが、そのネットワークビジネスの内部にあるとか。家庭的な問題を抱えた人の互助組織化する側面もあるってことか?)、「積極思考」は社会のどんな場面でも応用可能で、それに異を唱えるものは少なく、よって、それを強調して成功を煽るネットワークビジネスは現代人の誰もが陥る可能性のあるものだと指摘。これはその通りだと思う。これに対してA松さんは「とにかく積極的に、といわれすぎ。ポジティヴ・ファシズム(ファシズム・オブ・ポジティヴィズム)という感じ」と発言。これにみんな頷く(僕も頷く)。それにつられてH川君が「ネガティヴっていうのは、実は防御的な姿勢であることもあって(決して悪いことではない)」と発言。それにつられてOS木さんが、後の章で強調される「弱い自己」の肯定という話題を出し、O田さんが「ネガティヴ思考の人がポジティヴになろうなろうとしてもがいていて、もともとポジティヴな人はそんなことしなくても良い」というジレンマを指摘。このジレンマは深いよなあ。
今日は後半、人の発言につられる形で上記のように結構発言が出た。こういう感じのゼミが今後も続くと良いな。まず、僕がおしゃべりを止めるのが先決だが。
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セラピー文化へ 

今日から、友人小池君の本を輪読。
セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマセラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマ
(2007/08/29)
小池 靖

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今日は第一章。要約はO田さん、コメントはM山くんとO崎さん。この第一章は、まあ先行研究のまとめと、これからの個別研究についての前振りの部分だが、学生諸君はほとんど知らない先行研究ばかりなので、僕はつい説明して、喋り倒すことに。いつもこうなんだよなあ。反省。ゼミは15人超えるとなかなか発言しづらいよな。で、僕が概略を話した本は以下のもの。
心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ心の習慣―アメリカ個人主義のゆくえ
(1991/05)
ロバート・N. ベラーウィリアム・M. サリヴァン

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ベラーのこの本は、二度読んだけど、やっぱ必読だよな、この分野をやる人間にとって。
精神世界のゆくえ精神世界のゆくえ
(2007/07)
島薗 進

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僕と小池君のお師匠様に当たる島薗先生の本。
心理学化する社会 (河出文庫)心理学化する社会 (河出文庫)
(2009/01/26)
斎藤 環

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斎藤さんのこの本、今は文庫化されたんだ。
「心理学化する社会」の臨床社会学 (愛知大学文学会叢書)「心理学化する社会」の臨床社会学 (愛知大学文学会叢書)
(2003/06)
樫村 愛子

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樫村さん、実は今の僕の勤務校が出身大学なんだよね。聞いたときびっくりしたよ。
「心の専門家」はいらない (新書y)「心の専門家」はいらない (新書y)
(2002/03)
小沢 牧子

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つい、オザケンの思い出話まで喋ってしまう。
自己コントロールの檻―感情マネジメント社会の現実 (講談社選書メチエ)自己コントロールの檻―感情マネジメント社会の現実 (講談社選書メチエ)
(2000/02)
森 真一

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実はこの本、2年前のこのゼミで読んでいるんだよね。
管理される心―感情が商品になるとき管理される心―感情が商品になるとき
(2000/04)
A.R. ホックシールド

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というわけで、本の解説だけであっという間に終わってしまった。
コメンテーターのM山君は「セラピーは(安直な)指針を与えて、依存させてしまうのではないか」と述べ(受け身の態度を造ってしまうところが最大の問題と指摘)、O崎さんは「かつての権力・権威から解放されたので、人々は自分の心を探るようになったのでは?」と大胆すぎる(笑)提言をしてくれたのだが、僕が喋りすぎたせいでタイムアウト。来週はできるだけ喋らない。教員が喋らないゼミほど成功したゼミ、というのは本当だと今も思っているんだよ、これでも。

バイアグラがきっかけっていうのは・・・ 

ようやく、ノーグレンの本を今日で読了。学生の皆さん、お疲れ様でした。結構ヘヴィーな話題だから、意見も言いづらかったことと思う。
中絶と避妊の政治学―戦後日本のリプロダクション政策中絶と避妊の政治学―戦後日本のリプロダクション政策
(2008/08)
ティアナ ノーグレン

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今日の要約者はI田さん、コメントはM田さんとI原さん。
今日の内容は、1990年代からピル解禁の最近までの「政治(力)学」について、って感じかな。
厚生省はピルという薬物が開発されてから約40年間も頑なにその公認を渋ってきたのだが、99年にやっと解禁されることとなる。でもそれは、バイアグラがろくな審査もされずにすぐに認可された、ということに端を発するすったもんだの挙げ句だった、というのはけっこう有名な話だと思う。まあ、とにかく情けないよね。勃起補助薬ならとっとと認可しちゃうご都合主義には苦笑せざるを得ない。確か、西原理恵子のマンガで、高須クリニックの高須先生が「バイアグラは年寄りが飲むのを想定して、喉に引っかかりにくい形状をしている」というのを知っているから、なおさら。ノーグレンは、ピル解禁派のアメリカ人として、本人はそれほど自覚していないだろうけど、「どうして日本人はこうもピルを使わないのか、それは家父長的価値観が支配する社会であり、産婦人科医の連合体がまさにそういう性格でもってピルの普及を妨げているのだ」という結論に持っていっているわけだが、日本人女性の側の「ピルの副作用が怖い」とか「生殖関係は自然でなくっちゃ」というようなナチュラリズム、とでも言えば良いんでしょうか、そういう心情も結構大きく影響していると思うぞ。
繰り返しになるけど、ノーグレンは文化論的なアプローチを極力排して、産婦人科医とか、製薬会社とか、政治家とか、各アクターの力学に「ピルの未普及」の原因を探る、というのだから、無い物ねだりなのだが、どうしても文化論的な厚味がないので、「そうはいってもなあ」という気分にさせられる。
どっちにしても、中絶でもピルの処方箋を書いても儲かる仕組みなんだから、一番得しているのは産婦人科業界であることは確かなのだが(昨今は過重労働と訴訟問題で、大変な職業であることは間違いない)、ピルの処方にもまだ結構高いハードルが科せられているとも聞く。バンバン処方箋出して、医者も製薬会社も儲かって、とならないのは、ここまで来ると「なぜ?」とやっぱり思ってしまうよなあ。
まあ、ピルだろうがコンドームだろうが、ちゃんと男の子も当事者意識持たなきゃダメだよ、という説教で締める。

よらしむべし、知らしむべからず、ではなかった 

ノーグレンの本もいよいよ終盤にさしかかってきた。
中絶と避妊の政治学―戦後日本のリプロダクション政策中絶と避妊の政治学―戦後日本のリプロダクション政策
(2008/08)
ティアナ ノーグレン

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今回読んだのは第6章。「産児制限よりも中絶―日本の避妊政策(1945-60年)」というタイトルの通り、戦後すぐから60年代までの日本の中途半端な政策を総括した内容。要約担当はM嶋さん(声の調子が悪かったけど、風邪気味かな?お大事に)、コメントはH山さんとA松さん。
内容は多岐にわたるので、ここでは詳述はしないが、戦前は「産めよ増やせよ」だった厚生省の政策が戦後になって「子どもが多すぎるっていうのもねえ」と真逆になり、でも中絶件数が予想以上に増えてくると「将来の労働力が削られるのは座視できない」「けど、中絶でお金儲けしている医者は産児制限とかに非協力的だし」というグダグダなことになってしまった・・・というのがノーグレンの見立て。
コメンテーターのA松さんは四方由美さんという人の「戦時下における性役割キャンペーンの変遷:『主婦之友』の内容分析を中心に」(『マス・コミュニケーション研究』47、1995)という論文を引っ張ってきて(偉い!)、戦前から日本の女性たちは正確な避妊知識を得たいと思っていたにもかかわらずろくにそれを得るチャンスがなかったことが示された。まさに「民はよらしむべし、知らしむべからず」だった訳だ。このことは僕も知らなかったので勉強になった。良いネタを見つけてきてくれましたね、A松さん、GJ!
H山さんも負けじ(?)と、『図解避妊読本』(婦人画報社、1949年)という古色蒼然たる本を図書館から借りてきて、当時の避妊政策や考え方はどのようなものであったかということを調べてきてくれた。まあ、お上が色々言ってきたからって、庶民の方は「左様ですか」と避妊したり、子作りにはげんたり、ということはなかなかないのは、ご存じの通りなんだけどね。
僕の方は、これまた思いつきで喋ったのだが、「大家族」をテーマにしたテレビドキュメントや、実家が貧乏だったことをアピールポイントにしている芸能人の存在はどのようなことを意味しているか、などと学生諸君に質問する。
あと一回でこの本ともおさらば。もう一踏ん張り。

教団が政治に関わるとき 

今日もノーグレンの本の続き。要約はO崎さん、コメントはT倉さんとO田さん。
中絶と避妊の政治学―戦後日本のリプロダクション政策中絶と避妊の政治学―戦後日本のリプロダクション政策
(2008/08)
ティアナ ノーグレン

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今日四dなだい5章は、戦後の「反中絶運動」の流れとそれへの各セクターの対応をまとめたもの。周知のように日本において、「中絶原則反対」のプロライフ的な運動を起こしたのは生長の家及びカトリック教会くらいしか目立ってはいないのだが、70年代には、違う文脈から「青い芝の会」のような障害者団体もこの論争のアリーナに参入し、一筋縄ではいかない様相を呈することになる。
60年代から80年代初頭にかけては生長の家も結構一生懸命頑張ったのだが、その成果を法律の形にすることはできなかった、というのが大雑把な流れだが、幸福の科学も「宗教政党」を立ち上げようとしている昨今の状況からしても、過去のこういう動きをおさらいしたのは良かったかも知れない(実際、ゼミ生のK坂君が、たまたま大阪でのその「決起集会」のようなイベントを見に行って、資料を見せてくれたりした。
少子化社会といわれる今現在だが、30年以上前の「産める社会を、産みたい社会を」というスローガンは、実は全く古びていないのではないか?

今日は休み明けと言うこともあって(ゼミは二週間ぶりだ)、なかなか議論が温まらなかったが、みんなで田中美津の本でも読むと、意識が変わるかも知れないな。後、僕がゼミ中に紹介した原一男(青い芝の会の解説の延長で、「さよならPC」にも言及したのだ)の作品とかを嫌がらせのように見続けるとか(笑)。
いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論いのちの女たちへ―とり乱しウーマン・リブ論
(2004/11)
田中 美津

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さようならCP ~原一男監督アクションドキュメンタリーシリーズ [DVD]さようならCP ~原一男監督アクションドキュメンタリーシリーズ [DVD]
(2000/12/22)
不明

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(2007/08/24)
奥崎謙三

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(2000/11/24)
井上光晴

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