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前期ゼミ終了!! 

今日は前期最後のゼミ。小池先生の本の最終章。要約担当はF田さん、コメンテーターはI原さんとH山さん。
セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマセラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマ
(2007/08/29)
小池 靖

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この章はこれまでのまとめということで「自己啓発セミナー」「ネットワークビジネス」「トラウマ・サバイバー運動」の三つの共通点と相違点を指摘しているが、最大の相違点は、前者の二つが「強い自己」を押し出すのに対し、「トラウマ・サバイバー運動」は「弱い自己」を押しだし、それをある意味「弱者の権利」として逆手に取る戦略で、最近台頭しているという点であろう。
コメントのH山さんは、夢療法などが「弱い自己」を肯定的に見る点で「トラウマ・サバイバー運動」に似ており、その後ろ向きな姿勢が気になると指摘し、一方のI原さんは今日の朝日新聞の「DV相談の地域格差」の記事をコピーしてきて、「弱い自己」が受け入れられない社会状況を指摘した。
僕は先週鑑賞したばかりの、想田和弘監督『精神』のパンフレットと舞台裏の手記を回しつつ、「我々健常者」と「向こう岸にいる精神異常者」というようなカテゴライズのあり方そのものが問題含みではないか、と述べる。
精神病とモザイク タブーの世界にカメラを向ける (シリーズCura)精神病とモザイク タブーの世界にカメラを向ける (シリーズCura)
(2009/06/17)
想田和弘

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H川君は「苦しみはどうやっても主観的なもので」「クレーマーなどの弱い自己を肥大させる存在が出てくるのはやはり問題」といい、O田さんは「弱い自己を認める、というのは一種の人間的成長では?」と問題を投げ返し、M嶋さんやA部さんは「弱い自己」や「トラウマ」が「免罪符になる」事の問題性を指摘した。
この手の話は、どうしても両方のいいとこ取りというか、折衷案でしか決着が付かないもので、「プラスの強い自己を目指す生き方を目指すも良し、マイナスをゼロにして現状維持を目指す降りる生き方も良し」というところでお茶を濁す(「そういえば、だめ連はどうなったのかな」などとも僕はつぶやいた)。

てなわけで、前期のゼミはこれにて終了。皆さん、良い夏休みと自由研究を!!
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後期個人発表仮題目集まる 

昨日が〆切だったのだが、後期の個人発表の仮題目が出揃った。以下、ざっと貼り付ける。

3回生
・サンカについて―周辺の人達との関わりを中心に―
・神になった人 or 記憶の確定性(仮)
・ヤノマミ族の死生観と日本(仮)
・古代日本における水銀と鉄の関係
・旅行史(ヨーロッパ、巡礼など) or 移民問題
・日本における通信販売の普及
・体験を求める社会―廃墟ブームへの考察を通して
・人々を変えていくモノ―改変される記憶・思考・精神―
・エジプトの神について、またその死者の世界観
・終末期医療について
・地域別にみる子供の遊びについて
・日本の化粧

4回生
・戦時下の少女雑誌
・ディズニーアニメとジェンダー
・君が代の普及について
・明治時代の内国勧業博覧会
・近代以降の日本の宗教感
・新優生学について
・草食系男子はなぜ生まれたのか
・日本人の動物観

毎年のことだが、バラバラ。僕の守備範囲のものもいくつかあるが、大抵は「良きに計らえ」という形になってしまうなあ。でも、無責任といわれようが、大学の「学び」って、先生はせいぜい「介助役」で、学生がどんどんやっていくべきものだと思う(と自分を正当化しておく。また、こういう悠長なことを言えるのは、ある程度以上の大学の「特権」であることも充分すぎるほど自覚している)。
まあ、後期は僕は本当に楽かつ楽しいゼミになるんだよね。人の話聞いてコメントすれば良いだけだから。学生諸君も、自分が発表するとき以外は気楽なもんだよな。
でも気をつけてください。一番「恥をかく」可能性のあるゼミは、僕のような自由放任のゼミであるということに

ジェンダー規範と被害者化 

今日は小池君の本の第4章。タイトルが「トラウマ・サバイバー運動」、要約担当はT倉さん、コメントはI田君とOS木さん。
セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマセラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマ
(2007/08/29)
小池 靖

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この章は、「トラウマ」とか「PTSD」という用語が一般に認知されるようになった現在、どのような「考え方」が浸透したのか、ということを考察したもの、とまとめられるか。この章は「12ステップ法」という、ほとんど宗教的な誓いを中心にしたアルコホリックス・アノニマス(AA)とか、ヴェトナム戦争帰還兵問題から生じた「PTSD」概念とか(アメリカの精神疾患診断マニュアルDMSⅢorⅣ)、アダルト・チルドレンとか、共依存問題とか、嗜癖addictionとか、そのあたりの「被害者化victimization」の問題とかを扱っていた。要約者のT倉さんは「後半、余りピンと来なかった」と言っていたが、意外とそんなものかも知れない。僕が提示した参考文献は、アメリカの女性心理学者のバトルと、先輩の葛西さんのAA研究の書。
心的外傷と回復心的外傷と回復
(1999/11)
ジュディス・L. ハーマン

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フェミニスト精神科医の金字塔(毀誉褒貶も激しいけど、読み応えはバッチリ)。
抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって
(2000/06)
E.F.ロフタスK.ケッチャム

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こっちは「人間の記憶は曖昧なところが多すぎ。過去を全部思い出すなんて・・・」と苦言を呈したもの。こっちも非常に優れた研究所。
断酒が作り出す共同性―アルコール依存からの回復を信じる人々断酒が作り出す共同性―アルコール依存からの回復を信じる人々
(2007/04)
葛西 賢太

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大学院の先輩葛西さんの博士論文の圧縮版、といえばいいかな。AAの「共同性」を中心に考察。

コメントだが、I田君は冗談半分で「トラウマ語り」をして「処理」することは日常でも良くあることだと指摘し、そうした軽い「処置」で済ませて、実は深刻な本当の「トラウマ」を放置しちゃってるんじゃないのか、という問題提起。このあたりは、僕も小池君と「日本は飲みニケーション文化が強いからカウンセリングが流行らない」と、まさに「酒飲み話」で語り合ったものだが、先週とかに話した「過剰なポジティヴ・シンキング(文化)」が見逃しがちな問題ではあるよな。
OS木さんのコメントはなかなかの力作。まず、ADHD(注意欠陥・多動性障害)を取り上げ、これも「生まれ持っての障碍」という形で受容されている現状を指摘し、このように「生きづらさ」の原因を「過去や先天性に求める考え方がますます昂進するのでは?」と指摘。彼女が付けてくれた「ADHD診断リスト」の半分くらいに、僕は丸が付いてしまうことはともかくとして(笑)。そして「片付けられない女」という言い方は良くなされるが、なぜ「片付けられない男」は言われることが少ないのか、という問題提起も。これに関しては、M嶋さんやO田さん、F田さんが言うように、「家のことは、女はきっちりできて当たり前」というジェンダー規範が強固にあり、「片付けられない女」はそれからの逸脱と見なされる、という、ある意味すっきりした説明が当然出てくるわけだが、OS木さんは「女は例えば事務仕事とか、単純作業をさせられる場面が多く、その時にADHD的な女性が目立ってしまってクローズアップされたり、自分がADHDであることに気付くのではないか」と示唆。これは思いつかなかったなあ。OS木さんが言うには「ある女性が会社で自分が単純作業ができないことに気付き、自分のADHD性を知った事例を聞いたことがある」事から思いついたという。単なるジェンダー規範だけではなく、ADHD性を浮かび上がらせるジェンダー規範もあるのか、と感心した。
次回で前期は終了。気持ちよく終わりたいものです。

自己啓発セミナー的世界観 

今日は小池君の本の第3章。内容は「自己啓発セミナー」の歴史について。要約はA部さん、コメントはA松さんとF田さん。
セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマセラピー文化の社会学 ネットワークビジネス自己啓発トラウマ
(2007/08/29)
小池 靖

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この章では、アメリカの心理学や、ヒューマン・ポテンシャル・ムーヴメントや、はたまた実存主義的な風潮(要するに、人生は一瞬一瞬の決断の積み重ねで、人生そのものは自己責任って事だよな)などが後押しして「自己啓発セミナー」の基礎が出来上がるとか、そういう話。参考文献として、少し前の本だが、以下の2冊を学生に回す。
洗脳体験洗脳体験
(1991/05)
二沢 雅喜島田 裕巳

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芳賀学・弓山達也『祈る・ふれあう・感じる―自分探しのオデッセイ』IPC、1994年。
この本はアマゾンでは出なかった(出版社自体が無くなったからな・・・)。表紙のイルカの説明しているうちに、「イルカ・セラピー」とか「グラン・ブルー」とか「ベティ・ブルー」とかの話になっちゃったよ(笑)。最後のは、本当に関係ないな。
グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版 [DVD]グラン・ブルー/グレート・ブルー完全版 [DVD]
(2003/06/19)
ジャン=マルク・バールジャン・レノ

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ベティ・ブルー インテグラル リニューアル完全版 [DVD]ベティ・ブルー インテグラル リニューアル完全版 [DVD]
(2008/09/24)
ジャン=ユーグ・アングラードコンスエロ・デ・アビラン

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F田さんのコメントで面白かったのは、良く街中で見かける「フリー・ハグ」が自己啓発セミナーと似ているんじゃないか、という指摘。確かに、言われてみればそうだよな。一歩間違えれば、法の華三法行の「最高ですかー」の街中大声修行と変わらないよな。「何でも話聞きます」という看板をぶら下げた「聞き屋」なんかも、似たような者だろう。共通する「うさんくささ」は、要するにF田さんのいうとおり「根拠のないポジティヴ思考」なんだろうな(哀しいけど)。
A松さんは、ネットで自己啓発セミナーのプログラムを売っている会社のホームページを調べたり、「会社の研修で自己啓発セミナーっぽいところに放り込まれたらどうなるか」というような問題提起。これは、ある意味ありがちな話だよな。
どこに「自己啓発セミナー」的思考が転がっているか分からないよ、と認知的不協和理論の話を復習しつつゼミを締める。
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