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見る側、見られる側 

今日の発表者はA部さん、コメンテーターはO田さん。A部さんの発表は「『諸国百物語』から見る近世初期の女性観」と題されたもので、江戸時代初期の怪談集『諸国百物語』の内容を検討して、そこにいかなる「女性観」が潜んでいるか探るという、ジェンダーセンシティブな発表。
僕はまったく知らないのだが、その分析に従うと、簡単に言えば「幽霊や妖怪を目撃するのは男性」で、「幽霊や妖怪になるのは女性」が多いという、ある意味判りやすいジェンダー格差が現れていた。
で、今回感心したのは、発表を聞いているみんな。卒論中間発表が終わったせいか、自分がされたことを他人にやり返す、というのもいくつか散見された(笑)。「読者層は?(K坂君)」「教訓めいたものはあったのか?(Tさん)」「嫉妬されるくらいが男のステータスだったんじゃないの?(O崎さん)」などなど。
僕は「判りやすい図式から漏れるものをもっと丁寧に見て行くこと」「当時の男尊女卑的なモラルがそのまま表れていますね、というやる前から予想される結論に持っていくのではない深みを目指せ」など、けっこう無茶振りをする。ちなみに、今回の「江戸の女性史」に関するA部さんのネタ本は以下のもの。
女と男の時空「日本女性史再考」〈4〉爛熟する女と男―近世女と男の時空「日本女性史再考」〈4〉爛熟する女と男―近世
(1995/11)
福田 光子

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日本家族史論集〈2〉家族史の展望日本家族史論集〈2〉家族史の展望
(2002/05)
大日方 純夫

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学問とは、自分の直感に証拠を見つけてくること 

大袈裟なタイトルだが、そういう説教をしたのだから、仕方がない。
今日はS原さんの発表。コメントはT倉さん。
S原さんは、心理学とか精神分析、トラウマなどに興味を持ち、僕から何冊か本を借りて夏休みに色々読んだようだが、今日の発表は「女性が現代社会で置かれた立場」「トラウマについて」「イルカセラピーについて」と、彼女が興味を持ったネタをバラバラに紹介した感じになってしまい、統一性がなかったのは残念。僕以外からも「もっと絞ったら」という真っ当な助言が出たのもむべなるかな。
結局、僕は彼女が一番ページを割いていた「トラウマ」についてもっと深く掘り下げることを要求したのだが、どうもこの手合いのテーマを選ぶと、「自分の意見を出さなくちゃ」ということに気持ちが囚われて、却って、行き当たりばったりな思いつきを羅列して終わり、ということになる例が後を絶たない(きつい言い方をして済まないが、言われた当人が一番判っているだろう)。
そこで僕は、上記のような説教を述べたのである。自分の直感や思いつきに、客観的な証拠を見つけて、皆さんに納得していただくのが学問だと。まだその証拠が見つからないなら、それを見出すべく努力をせねばならない。会社に入って、新しい企画を立ち上げるときのプレゼンと一緒だよ、というと、みんな納得してくれたが。
ゼミ本番で長々と説教したので、ブログではこれくらいで。

後期ゼミ開始 

今日から後期ゼミ開始。しかも、日程上仕方なくいきなりのダブルヘッダー(毎年恒例)。
まず発表者はI田さん。コメンテーターはA部さん。I田さんは「ディズニーアニメとジェンダー」という、まあ大体の人がそのタイトルから想像が付くようなことをしている。すなわち「白雪姫」「シンデレラ」「眠れる森の美女」から「ムーラン」「ポカホンタス」まで、の、ディズニー・ヒロインの変遷を辿ろうとしているわけだ。この手のものとしては、やはり故若桑みどり先生の本が手っ取り早いだろう。
お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)お姫様とジェンダー―アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門 (ちくま新書)
(2003/06)
若桑 みどり

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まだ彼女は個別作品をざっと見て、それぞれに分析を加えて「さあ、これからどうしようか」という段階だったのだが、周りからは彼女が正直言って「めんどくさいなあ」とスルーしたがっていたところを「どうしてやらないんですか」と鋭く突っ込んでおり、なかなか見応えがあった(笑)。I田さんには悪いが、「みんななかなか言うね」とほくそ笑んでしまった。例えば「シンデレラ」と「ポカホンタス」の続編は分析しないのか、というTさんの意見。僕もそんなのがあるのって知らなかった(ディズニーアニメにほとんど興味がないからな)。その続編は、適度に公開時の環境に合わせた物語作りがされているそうだから、分かり易すぎるきらいはあるけど、「変遷」を見るには避けて通れないだろう。あと、「リトル・マーメイド」や「アラジン」や「美女と野獣」のそれぞれのヒロインも取り上げては、という突っ込みも入る。これもごもっとも。来週の中間発表には間に合わないかも知れないけど、卒論本編には是非入れるべき。あとはグリム童話からディズニーアニメになるまでに、どういう改変が加えられたかやっぱり見るべきだ(O田さん)とか、そもそもグリム童話からしてストーリーは完成しているのだから、当時のアメリカ社会とあんまり関係ないかも・・・(T倉さん)という意見まで出た。僕としては、やはり社会的環境と言うことで、1930年代から50年代までの「アメリカの主婦像」などにも着目して欲しいんだけどなあ。あと、実在の人物だったポカホンタス自身も調べなくちゃね。コメントのA部さんからは、テレビゲームのヒロイン像という、これまた僕の知らない分野からの意見が出て、発表本編にはあまり関係なかったけど、面白かった(ヒロイックファンタジーのジェンダー観なんてテーマ、誰か既にやってそうだな。あ、高橋準先生がいたか)。
ファンタジーとジェンダーファンタジーとジェンダー
(2004/07)
高橋 準

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というわけで、結構I田さんにとっては耳の痛い意見も多かったが、実りある議論が初っぱなにできたことは良かっただろう。

で、次はM山君の、清沢満之に関する発表。コメントはK坂君、なのだが、K坂君、司会をすることは心得ていたが、コメントレジュメを書いてくることを忘れやがって(許し難いが)、あまりのことに僕も一瞬言葉を失ったが「今すぐ外に行って、一時間以内でレジュメを整えてこい」と厳命。手書きレジュメが到着し、二人目開始。
清沢満之全集 (第6巻)清沢満之全集 (第6巻)
(2003/04)
清沢 満之大谷大学

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M山君が取り上げたいのは、「精神主義」のあたりだから、全集で言うとこのあたり。実は、僕の知り合いの福島栄寿先生も「精神主義」については研究なさっていて、夏休みにその本は既に貸してやっていた。
思想史としての「精神主義」 (日本仏教史研究叢書)思想史としての「精神主義」 (日本仏教史研究叢書)
(2003/09)
福島 栄寿

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で、結論から言うと、M山君は、結論を急ぎすぎ(笑)。だって、清沢の言葉を検証する前に、山折哲雄先生とか、阿満利麿先生とかの言葉に引きずられて、清沢について価値判断しているんだもんなあ。気持ちはわかるが、もうちょっと落ち着け。あとは清沢の年譜を滔々と読み上げただけで、彼の思想像というものが伝わってこない。これは、それを中心テーマにしようとしているのに、大きなマイナスポイント。
というわけで、コメントのK坂君からも「清沢は真俗二諦論の代替案を出したんですか」という質問が来た(急いで書いた割には、彼はなかなか鋭いコメントを書いてきた。そういうところも小憎らしいね(笑))。
レジュメには書かれていなかったが、口頭でM山君も「清沢の精神主義も諸手を挙げて賛成されたわけではなく、例えば『新仏教』という雑誌で批判されたりしている」と述べたが、そうそう、そういうことを僕もみんなも知りたいの。教団と対立していたのは判るけど、同時代人の似たような人々に、どう思われていたか、というマッピングも大事。

というわけで、二人とも来週の発表には、まだまだ不安材料を一杯抱えていることを自覚できただけでもよしとせねばなるまい。でも、3時間は疲れたよ、パトラッシュ・・・。
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