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通販の「強さ」とは? 

今日は今年最後のゼミ。発表者はOS木さん、司会&コメントはF瀬さん。
今日の発表タイトルは「日本における通信販売の普及―1970~80年代のカタログ雑誌から」というもので、どうしてこんなに日本は通販が強くなったのかの歴史をふり返ろうとしたもの(だったかな。まだ途中なのでそこまで自覚していたか不安だが)。
通販自体はもちろん明治時代からあったのだが、うさんくさい商品を売ることも多く、国土の広さゆえ日常品まで通販に頼らざるを得なかった「本家」アメリカと違い、日本は盛り上がっては評判を落として下火に、という歴史を戦前は繰り返していたらしい。そういえば、やばい健康法やら薬の通販に関しての本を読んだことがあったな。これだ。
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OS木さんは、歴史的経緯に気を取られすぎて、タイトルで掲げた現代の考察まではなかなか至れなかったが、僕からは、やはり「本家」アメリカの動向とどうシンクロしているのかを調べるようにと指示。アメリカの日本法人にも目を付ければとも(僕の妻が愛用している「Land's End」なんか、その典型だと思うけど)。
発表中、糸井重里なんかが「歴史的」な文脈として出てくるんだなあ、と個人的にはちょっと感慨深い部分もあったが、休んだ人間も多く、準備不足もあって、ゼミ自体はあまり盛り上がらなかったのも事実。僕としては「どんどん調べてね」としか(他の発表も、ほとんどそうだが)。どんどん、本を読んでいってね。「通販は自分探し」というような、ありがちな結論で満足するのではなく(今回は、どうもそんな感じで終わった)。
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ゼミ合宿@大原(二日目) 

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ゼミ合宿といえば、「夜通しの宴会」なわけだが、今回も、僕自身が日本酒を飲むためのお猪口を持参するなど、やる気(飲む気)満々。今回僕が持参したのは、奈良の地酒メーカーの「篠峯 八反純米吟醸生酒無濾過」というものと、三重県のメーカーの「寒紅梅」という梅酒。どっちの飲みやすく、ぐいぐい進。この二つのお酒を推薦してくれたのは、最近僕が通勤路で立ち寄ることも多い、円町の島酒店
僕はさすがに寄る年波には勝てず、午前三時半頃撃沈して、寝室へなだれ込む。一部は、これまた恒例だが、ほとんど徹夜していたものいたようだ…。

で、二日目の発表がスタート。最初はI田君の「フィールドワークが伝える異文化―ヤノマミ族研究の例を通して」という発表。ヤノマミ族というのは、アマゾンの奥地に住んでいる部族で、最近NHKスペシャルでも取り上げられ、話題となった。彼は、ざっと文化人類学説史のようなものを振り返り、フィールドワークの問題性はどこにあるのか、という、一種の「メタレヴェルのフィールドワーク論(これは「方法論にこだわってフィールドに出なくなると、安楽椅子の人類学の復活になるのでは」などと思っているが)を展開しようとしたが、これまた「で、結論は?」となるとなかなか難しい。僕もついコメントで、文化人類学の概説みたいな事をいってしまい、話がグルグルする(寝不足が一番の原因だが)。ということで、彼には、二十年以上前に論争になったらしい「ヤノマミ族を巡るディスコース」のせめぎ合いをしっかり押さえて、焦点を絞れとアドバイス。

そして最後はM嶋さんの「ホラー映画に見える日本の怨霊の文化」という発表。彼女はまず日本における「怨霊」の歴史(御霊信仰など)を大づかみに辿り、その後「リング」の日米映画の比較を行い考察しようとしたのだが、ちょっと時間切れ、というか息切れになってしまう。というのも、折角一番時間を掛けたはずの映画の比較研究が上手く行かず、「日本怨霊史概説」みたいな部分が長くなりすぎて、本来の目的は「これから頑張ります」となってしまった感は否めない。というわけで、彼女には、怨霊の歴史も良いけど、映画評論家が日米の「リング」をどう評したかなどもちゃんと調べるように指示。
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これで、とうとうゼミ合宿は無事終了。皆さん、お疲れ様でした。一番疲れたのは、意地でも居眠りできない僕なのだが(一部の学生、睡眠不足はあっただろうけど、寝過ぎ)。宿を出る直前、恒例の集合写真を撮ってもらい、また国際会館に戻ってもらい、そこで解散。
そのあと僕は、最近自転車に凝っている(僕以上に)A部君と、かっちょいいピストバイクが欲しいと思っているH野君と、国際会館駅前の自転車店「VOGORE」にお邪魔する(N山さん、M田さんも道連れ)。もちろん、十数万もする自転車を即決できるはずもなく、どんなものかを少し見せてもらっただけだが。そしてそのまま隣にあった「餃子の王将」で野蛮な昼飯を食べて、地下鉄で帰宅。ふーっ。

この五年間、大きな事故も病人もなくゼミ合宿を完遂できたことは、まず何よりも僕の人徳だろうが(笑)、学生諸君の協力のたまものだと感謝しています。今朝も布団の中で「僕はいい学生を持ったなあ」としみじみ思っていました(これはホントだよ)。「これが、国際文化学科のフルメンバーの最後のゼミ合宿になるんだろうな。」と思うと、少し哀しくなりますが、皆さんの思い出の一つになっていれば、幸いです。

ゼミ合宿@大原(一日目) 

宿の入り口
今日と明日は、年に一度の行事であるゼミ合宿。元々僕のゼミはそこそこ人数が多いので、合宿で一気に個人発表をこなさなければ時間が足りない、ということから始めた合宿だが、このところ、僕の方が楽しみにさせてもらっている(笑)。
今回はメインのゼミ生(19名)及び他のゼミからK村君、フリーター(嘘)のH野君、何と卒業生からA部君とN山さん。A部君とN山さんは2回生の時から参加しているから、何と4年連続で合宿に参加という最長不倒記録を樹立(恐らく、今後絶対破られない)。向かった先は「大原山荘」という温泉旅館。ゼミ合宿で最も贅沢な旅となった。地下鉄の終点の国際会館駅まで、マイクロバスで出迎えてもらう(最も近場の合宿にもなった)。昼ご飯を軽く食べたら、早速メインイヴェントのマラソン発表会。

離れで黙々と

まずはI原さんの発表。タイトルは「君が代の普及」というもの。彼女は「君が代」が明治初期に複数、様々な官庁で作製されしのぎを削ったことや、唱歌教育により普及していったことなどを中心に調べてきていた。なかなか細かいことまで調べてはいるのだが、最終目的地がどこか、というのが判りづらい。それは実は彼女自身も自覚していて、「副題」がつけられないという事実(今のところ、だが)にそれは端的に表れていた。というわけで、「目的地」を見定めるようにアドバイス。僕としては、法律で定められるよりも先に普及したり、廃止されたりしていたという「法令と実態の時間差(齟齬、ズレ)」こそがポイントになると思ったが。

二人目はH山さん。彼女は「明治28年のイベントと京都」という発表で、この時に行われた「第四回内国勧業博覧会」と「平安遷都1100年紀念祭」というイベントに注目し、このようなイベントを経て、京都は「捨てられた古都」からどのように「日本文化の中心である観光都市」へと変貌していったのか、というのをトレースしようとしたもの。ただ、彼女の発表からは、このイベントを挟んだ京都の「before/after」が判りづらいと思ったので、それを目に見える形で示すようにと示唆。

三人目はA松さん。彼女は「内山主筆時代の『少女の友』―太平洋戦争期を中心に」というタイトルで、『少女の友』の名物編集長だった内山基をフィーチャーし、その時、この雑誌(主に投稿欄)で編まれていた「言説空間」はいかなるものだったかを探る試み。骨組みはしっかりしてきたので、今後卒論の際には「圧倒的じゃないか・・・」と僕がつぶやきたくなるように、具体例を山盛り引用して欲しいとリクエスト。

四人目(この日最後)はM田さん。彼女は「日本における出生前診断について―新聞報道からの一考察」というもので、主に朝日新聞で取り上げられた出生前診断、着床前診断などの関連記事を総ざらえし、どのような論説があったか、言葉遣いはどう変化していったかを探ろうとしていた。これも、上記のA松さんと同じだが、圧倒的な具体例の列挙で、証拠を固めて行って欲しい。あと、グラフの読み取り方にも、ちょっと厳しめの注文(眼光紙背に徹する、とまでは要求しないけど)。

で、一気に四名を終わらせて、ヘロヘロになったところで鍋の夕食。僕はたまらず、オプションのビールを注文。
乾杯の音頭を取る僕
その後コンビニに買い出しにいったり、温泉に浸かったり、ほとんど徹夜で飲み明かしたり・・・という、ゼミ合宿のパターンを踏襲しつつ、夜は更けていくのであった(続く)。

「家庭の責任」ばかりが強調されると・・・ 

今日の発表者はF田さん。コメントはTさん。発表タイトルは「少年犯罪と家庭環境」というもので、なぜかこのところ、毎年僕のゼミでこの手の発表をするのが現れるんだよな(去年はF本さん、2年前はT野さん)。やっぱり、「少年犯罪」を巡るマスコミの報道を否応なく洪水のように浴びてしまうからだろうな(そして、そういうマスコミの報道姿勢に対する批判というのも、類書では一貫しているものだけど)。
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でも、今回の発表はちょっと調べがまだついていないまま、人の意見を切り貼りしていて前後で矛盾してしまい、その矛盾にF田さんが気付かないまま発表してしまったので、どうしてもみんなのツッコミが入りまくる(良い傾向だ。ゼミはこうでなくちゃ)。
一番の問題は、彼女が「家庭環境のせいばかりとは言えない。そういう判りやすい非行化の原因が後景に退き、理由もよく判らない少年犯罪が耳目を集めている」といっておきながら、最終的には「家庭環境がやはり一番の影響を持っているので、いい家庭を作らなくちゃダメ」と、いつの間にか「べき論」を振りかざして終わってしまっちゃことだろう。「べき論」を持ってくると、下手すれば「親の顔が見たい」という、良くある世間様の声を代弁しているだけの発表に鳴りかねない。問題は「家庭にばかり責任が押しつけられがちである」こと自体なのではないか?(彼女は発表の最後で、育児マニュアル本がベストセラーになっていることなどに着目し愛知田。このあたりは鋭い)。
もう一つは、データやグラフの読みが「浅い」こと。例えば、離婚率は周知のように「右肩あがり」の傾向なのに、少年犯罪の和自体は減っているので「家庭環境と少年犯罪の正の相関関係」は疑わしいのかも知れない、というような読み(これはあくまで僕が思いついた例だが)ができていなかった。児童虐待件数も右肩上がりなわけだが、これは日本の親が年々劣化している、という判断よりは、「人の目に触れやすくなり」「虐待の観念が変わってきたから」という理由付けの方が納得できると思う。彼女にはそういうデータの読み方を考えて欲しい。
もう一つは、昨今少年非行でも注目されている「発達障害」について、調べていって欲しい。最近は多いので大変だが、まずは僕も読んだ杉山先生の以下の入門書などはどうだろうか、ととりあえず勧めておいた。
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