今日は、2007年度最後の学部ゼミ。もうすぐテスト前でみんなも忙しいし、僕も早く授業から解放されたいという下心で、来週を休みにして、ダブルヘッダーを組んでしまう。
今日の発表はK浦さんとK山さん。
まずはK浦さんの発表だが、彼女が発表者のくせに遅刻したので(僕のゼミでは、原則発表者及びコメンテーターの遅刻・ドタキャンは認めません。当たり前だが)、その説教からスタートという、僕にとっては不本意な開始(最後の最後で、こういうしょーもないことで説教させるんじゃないよ・・・バカバカしい)。彼女の発表は「現代社会における化粧の意味」というもの。このタイトルが、内容の全てをある意味語っているとも言えるのだが、社会心理学方面から行われた化粧に関する実験とその結果をある書物から幾つか紹介して(その本一冊に頼りすぎたのも、ちょっと今回の発表の瑕疵)、化粧の社会性をどのように考えるか、というのが彼女の発表の目的だった、と思うのだが、残念ながら、今日は先行研究の要約だけで終わってしまい、それに対する彼女の意見が殆ど見られなかったのが惜しまれる。ただし、「化粧」という題材ゆえに、女子が結構議論を白熱させてくれた(笑)。バイト先での化粧のコードはこうだったとか、就職活動の時はこうしたとか、寝坊してノーメークで大学に向かう時はつい電車の中で俯きがちになってしまうとか、飲み屋で見知らぬオッサンに「もっとちゃんと化粧しろ」とか余計なこと言われたとか、そういう体験談はボロボロ出てくる。僕としては、その体験談を貫いている「何か」にまで突っ込んで欲しかったが、なかなかそうもいかない(僕自身も、良くその正体はわからない)。コメンテーターのH川君から「化粧が虚飾と見える時はどんなときか」というような問題提起がなされたが、僕がそれをあまりにも主観的すぎるし、汚い素顔を晒して平気な男のジェンダーの上にあぐらをかいた意見だとたしなめてしまう(どうしても「化粧」という営みはジェンダー的なものを抜きにして語ることは出来ない)。
K山さんの発表は「小学校における歴史教科書の移り変わり―明治から終戦まで―」というもの。彼女は元々日韓の歴史教科書問題に関心を持っていたのだが、そもそも日本の歴史教科書はどのように変化していったのか、という方面に関心をシフトして、こういう今回のような発表を行うことになった。まず明治から昭和初期までの小学校制度の変遷を追い、その後、歴史教育の変遷を追うという構成だった。僕も知らなかったのだが、戦前の歴史教科書も最初は国定ではなく、国定になったのは明治末期だったそうだ(しかも、教科書会社と文部省の間の贈収賄事件が絡んでいたらしい。昔からしょうがないよなあ)。戦前の小学校における歴史教育は当然ながら「日本史(国史、という名称に大正デモクラシー期に変更されたことにも注意が必要)」中心で、天皇家中心の「人物評伝(紀伝体的なものだろう)」が中心であったそうな(ヘルベルト学派というのがあって、この学派が歴史は人物の伝記によって教えるのが望ましいという理論を持っていて、その影響もあったそうだ。要するに単なる紀伝体の伝統だけでなく、恐らくドイツのハイカラな理論でそのお墨付きが加わり、そのような記述になっていったのだろう)。その国定教科書も、時代が進むにつれ内容がどんどん「皇国史観」化していったのは周知の通り。
この発表に対して僕から、いわゆる「史学史」的な研究、つまりどのように日本史学が変化していき、教科書の記述もそれにシンクロしていったか、という視座から研究を進めるべきことと、教科書の本文を読み、どのような人物が取り上げられているか、時代によって取り上げられる人物の変化などはあるかを調べてみては、とアドヴァイスする。
終わった時は既に夜の7時半。さすがの長丁場に、みんなもぐったり。僕も酒でも飲まなきゃやってられない気分になったので、突発的だが「今晩暇な人は打ち上げしにいきましょう」と誘い、6名の諸君(A根くん、K川くん、N山さん、Hさん、O澤(しゃけ)さん、H川くん)が付いてきてくれた。このメンツで、大学近くの「KOYAJI」に行き、結局終電まで飲んでしまう。
ゼミ生の皆さん、この一年間お疲れ様でした。僕も君たちの勝手極まる(笑)様々な発表で、色々耳学問させてもらいました。ありがとう。
あとはレポートですね。力作を期待しています。では、今度は恐らくゼミレポートの提出日にお会いすることになるでしょう。それではまた。
今日の発表はK浦さんとK山さん。
まずはK浦さんの発表だが、彼女が発表者のくせに遅刻したので(僕のゼミでは、原則発表者及びコメンテーターの遅刻・ドタキャンは認めません。当たり前だが)、その説教からスタートという、僕にとっては不本意な開始(最後の最後で、こういうしょーもないことで説教させるんじゃないよ・・・バカバカしい)。彼女の発表は「現代社会における化粧の意味」というもの。このタイトルが、内容の全てをある意味語っているとも言えるのだが、社会心理学方面から行われた化粧に関する実験とその結果をある書物から幾つか紹介して(その本一冊に頼りすぎたのも、ちょっと今回の発表の瑕疵)、化粧の社会性をどのように考えるか、というのが彼女の発表の目的だった、と思うのだが、残念ながら、今日は先行研究の要約だけで終わってしまい、それに対する彼女の意見が殆ど見られなかったのが惜しまれる。ただし、「化粧」という題材ゆえに、女子が結構議論を白熱させてくれた(笑)。バイト先での化粧のコードはこうだったとか、就職活動の時はこうしたとか、寝坊してノーメークで大学に向かう時はつい電車の中で俯きがちになってしまうとか、飲み屋で見知らぬオッサンに「もっとちゃんと化粧しろ」とか余計なこと言われたとか、そういう体験談はボロボロ出てくる。僕としては、その体験談を貫いている「何か」にまで突っ込んで欲しかったが、なかなかそうもいかない(僕自身も、良くその正体はわからない)。コメンテーターのH川君から「化粧が虚飾と見える時はどんなときか」というような問題提起がなされたが、僕がそれをあまりにも主観的すぎるし、汚い素顔を晒して平気な男のジェンダーの上にあぐらをかいた意見だとたしなめてしまう(どうしても「化粧」という営みはジェンダー的なものを抜きにして語ることは出来ない)。
K山さんの発表は「小学校における歴史教科書の移り変わり―明治から終戦まで―」というもの。彼女は元々日韓の歴史教科書問題に関心を持っていたのだが、そもそも日本の歴史教科書はどのように変化していったのか、という方面に関心をシフトして、こういう今回のような発表を行うことになった。まず明治から昭和初期までの小学校制度の変遷を追い、その後、歴史教育の変遷を追うという構成だった。僕も知らなかったのだが、戦前の歴史教科書も最初は国定ではなく、国定になったのは明治末期だったそうだ(しかも、教科書会社と文部省の間の贈収賄事件が絡んでいたらしい。昔からしょうがないよなあ)。戦前の小学校における歴史教育は当然ながら「日本史(国史、という名称に大正デモクラシー期に変更されたことにも注意が必要)」中心で、天皇家中心の「人物評伝(紀伝体的なものだろう)」が中心であったそうな(ヘルベルト学派というのがあって、この学派が歴史は人物の伝記によって教えるのが望ましいという理論を持っていて、その影響もあったそうだ。要するに単なる紀伝体の伝統だけでなく、恐らくドイツのハイカラな理論でそのお墨付きが加わり、そのような記述になっていったのだろう)。その国定教科書も、時代が進むにつれ内容がどんどん「皇国史観」化していったのは周知の通り。
この発表に対して僕から、いわゆる「史学史」的な研究、つまりどのように日本史学が変化していき、教科書の記述もそれにシンクロしていったか、という視座から研究を進めるべきことと、教科書の本文を読み、どのような人物が取り上げられているか、時代によって取り上げられる人物の変化などはあるかを調べてみては、とアドヴァイスする。
終わった時は既に夜の7時半。さすがの長丁場に、みんなもぐったり。僕も酒でも飲まなきゃやってられない気分になったので、突発的だが「今晩暇な人は打ち上げしにいきましょう」と誘い、6名の諸君(A根くん、K川くん、N山さん、Hさん、O澤(しゃけ)さん、H川くん)が付いてきてくれた。このメンツで、大学近くの「KOYAJI」に行き、結局終電まで飲んでしまう。
ゼミ生の皆さん、この一年間お疲れ様でした。僕も君たちの勝手極まる(笑)様々な発表で、色々耳学問させてもらいました。ありがとう。
あとはレポートですね。力作を期待しています。では、今度は恐らくゼミレポートの提出日にお会いすることになるでしょう。それではまた。