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卒論中間発表会初日 

今日は、待ちに待った卒論中間発表会の日。学生にとっては、「判決言い渡し日」(しかも敗訴が濃厚)みたいなものですが。

今年は、4年生の人数がまあまあ多く、朝の9時半から夕方の5時まで、計14名の発表を聞く。

今、はっきりいって、ボロボロです。この後、仕事しようかな、と思いましたが、ちょっとその元気が・・・。

寝不足と、コメントの必要性から緊張していた、というのが主な理由ですが、僕が指導している学生が軒並み他の先生方から総攻撃を食らって、それを見ている僕としては、まるで自分が攻撃されているような錯覚(そう、これは錯覚なのですが)に陥り、胃が痛くなり、コーヒーが飲めなくなりました(笑)。ごめんね。僕が一応「これくらいで良いんじゃない?」と心のないOKを出してしまっていただけに、自責の念に駆られる。

で、ここからは自戒を含んで言いたいのだが、「君は今まで何を勉強してきたのか!!」という台詞は、なるべく言いたくはない。こういう一方的すぎる他罰的な責めの言葉は、ある線を越えると不当なものとさえ思う(今日、ある同僚のコメントに、ちょっとそういうものを感じた)。確かに、そうも言いたくなる発表もある(現に今日もあった)が、「彼・彼女に教員として何をしてきたのか」という自問と自責の念が少しでもなければ、その言葉は恐らく学生には届かないし、あまりにも無責任だ。こういう場でのひどい発表では、我々教員にまさに「応答可能性」としてのresponsibilityが問われているのだ。

まあ、友人が結構きついコメントをもらうのを目の当たりにした明日発表の諸君の気持ちは、必要以上に引き締まったはずだが・・・。
明日の夕方、打ち上げできる体力が、学生にも教員側にもあるかは疑問だ。
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コメント

このコメント欄は

字体を変えられたりするけど、何か使い勝手がよく判らないね。v-42
携帯に準拠したこの絵文字も・・・。
で、付け足しですが、

個人的にいただいた指摘は、先行研究を確認する際に、もっと敬意を払うべき、誠実な姿勢を常に忘れずに実地調査に取り組む、そして「狭く深く」などといったものでした。

そうですね、「骨組み」はまあまあできているのだから、今度は「肉付け」ですよね。具体的な事例で、検証と考察を固めていく、という作業です。何かあれば、またね。
今日は早く寝よう。今からお風呂に入ります。v-78

「料理」の仕方

agapiさん、皆さんもお疲れ様でした。やっぱ、気が抜けないよ、このイヴェントは。

>テーマの選択・方法論的なところで、「優劣」が自然と付けられていくような、私の勝手な妄想なのかもしれないですが、「ざらざらとした違和感」が今も拭い去れずにいます。。。規格外のテーマ選別(どう調理するかを、まず置いといたとしても。)やいわゆる’正統な(オーソドックスな)’方法に納まりきらないアプローチが飛び出すと非学術的(誰もそこまでおっしゃってはいませんが)のような扱い、または先入観があるのではないのか。。。それともやはり実際に、規格外は差別されていた仕方がないのか??などと悩みます。

いや、これは大きな問題で、僕もそのあたりで、ある先生の発言を少し「不当」だと思ったのです。あの言い方はないよ。そう思ったので、上のような文章を書いてしまいました。
特に、うちの学科は、良くも悪くも(「悪くも」、が強調されがちですけど)「何でもあり」の学科ですから、「ルール違反」、というのは原則的にはないと僕自身は思っています。
ですから、ホント「料理」の仕方なんですよね。どんなに良い素材を使っても、料理人の腕がダメなら素材は台無しになるのと同じで、逆に今まで扱われてこなかったような「素材」を使うのは、腕の見せ所でもあります。

発表を終えて

なんなんでしょうこの底抜けのない疲労感は。。先生お疲れ様でした。帰り道々院生のH君を横に、自己反省も含めて、他の人たちの発表やそれに対するコメントに対して、あーだーこーだと噴出させてしまいました。

私は、諸先生方、主にY先生からのありがたいご指摘をかみしめて、これからがんばっていこう、、のような姿勢で発表・質疑応答を終えたつもりだったのですが、以降、諸先生方から(主に社会科学色の濃い発表をした)クラスメイト達への助言・指摘を中心に頭がパンパンになってきてしまいました。

そんなこんなで、「論文を書くって??」という次元まで堀下がったところからぐらぐらと大きな揺さぶりをかけられた気がします。

勿論、「卒論を書く上での最低必要ラインを超えてください」的な、例えば、文献のあたりかた(質・量を含め)・目的を明確にすること・意義を示すこと、関係のアドバイスは聞いてて、「最もだ。」とうなずけるし、心から納得できるのですが、どうも、私の頭痛はそれを越えた地点からやってきているようなのです。

テーマの選択・方法論的なところで、「優劣」が自然と付けられていくような、私の勝手な妄想なのかもしれないですが、「ざらざらとした違和感」が今も拭い去れずにいます。。。規格外のテーマ選別(どう調理するかを、まず置いといたとしても。)やいわゆる’正統な(オーソドックスな)’方法に納まりきらないアプローチが飛び出すと非学術的(誰もそこまでおっしゃってはいませんが)のような扱い、または先入観があるのではないのか。。。それともやはり実際に、規格外は差別されていた仕方がないのか??などと悩みます。

個人的にいただいた指摘は、先行研究を確認する際に、もっと敬意を払うべき、誠実な姿勢を常に忘れずに実地調査に取り組む、そして「狭く深く」などといったものでした。これらのコメントには、私の現段階の未熟な論文に、道標を与えてくださるような大変参考になるものでした。あれぐらいでとりあえず中間発表は見逃していただいて寛容だなぁと思ったくらいでした。

まぁ、よそ様のことまであれこれ考える前に、、まず自分の抱える問題に関して、真摯な態度で、残された3ヶ月間、論文作成に精進すべきなのでしょう。、というところに落ち着きました。

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受け止めて、変化できること

今日、僕の勤務校では、卒業論文の中間発表会だった(明日も一日つぶして行われる)。
  • [2005/10/14 11:56]
  • URL |
  • 川瀬のみやこ物語 episode2 |
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