今日のタイトルは、身も蓋もないけど、人間心理の性であり、格言。
今日は『アメリカ文化の日本体験』の最終日。要約はK浦さん、コメントはM田さんとK山さん。
今日読んだ部分は「アジアで最も黄色人種らしからぬ人々」という章で、要するに明治日本の発展振りを目の当たりにしたアメリカ人が「日本人は中国人とか、他のアジア人とは人種からして違う」「よく見ると、けっこう白人に近いかも」「ロシアよりも日本の方が文明的だし、日本人を白人の一員にしてあげても良いんじゃないか」などと議論していた、というお話。まあ、要するに「黄禍論」の裏返しですな。
参考文献として、この橋川文三の本を回す。
裏返せば、アメリカの白人は「日本人、結構やるじゃん」→「これだけやれるというのは、彼等は白人に近い素質を持っているに違いない」→「名誉白人認定決定」というプロセスを経た、ということで、彼等は「アジア人も白人に匹敵する事業を成し遂げられる。ゆえに人種で優劣を論じるのは間違い」とは決してならなかったというのが今回のキモ。心理学者なら「認知的不協和理論ね、はいはい」と流してしまいたくなる事例だろう。別の言い方をすれば「日本(という他者)を経験し損なったアメリカ」の百年前の姿を教えてくれた本だったといえようか。
人種や民族の境界性が恣意的で可塑性に富む、というのはベネディクト・アンダーソン以来の「想像の共同体としての国民」論や、このところの構築主義的アプローチで明らかなわけだが、いくら口を酸っぱくしていっても、レイシズムは治まらないのも事実だ。この百年前の姿は決して今日の我々に無関係ではない(こういう状況を広く「ポストコロニアル」と呼ぶのである)。
で、今回の僕自身の反省点を述べておこう。こういう歴史研究の本を選ぶと、基本的に「それを知っているか否か」というモードになりやすく、自由な議論がしづらい憾みがあったと思う。しかも、去年、一昨年のゼミでは、けっこうどんな話題も拾って何か喋ろうとする数名のゼミ生がいたおかげで(心当たりがあるだろう)、議論が表面上が盛り上がって見えていたもので、僕がゼミ運営の努力を怠っていたことは否めないと思う。
で、次はいきなり議論していただきたいと思い、社会学の本。来週から、積極的に好き放題いっちゃってね。
今日は『アメリカ文化の日本体験』の最終日。要約はK浦さん、コメントはM田さんとK山さん。
今日読んだ部分は「アジアで最も黄色人種らしからぬ人々」という章で、要するに明治日本の発展振りを目の当たりにしたアメリカ人が「日本人は中国人とか、他のアジア人とは人種からして違う」「よく見ると、けっこう白人に近いかも」「ロシアよりも日本の方が文明的だし、日本人を白人の一員にしてあげても良いんじゃないか」などと議論していた、というお話。まあ、要するに「黄禍論」の裏返しですな。
![]() | 黄禍物語 (岩波現代文庫) (2000/08) 橋川 文三 商品詳細を見る |
参考文献として、この橋川文三の本を回す。
裏返せば、アメリカの白人は「日本人、結構やるじゃん」→「これだけやれるというのは、彼等は白人に近い素質を持っているに違いない」→「名誉白人認定決定」というプロセスを経た、ということで、彼等は「アジア人も白人に匹敵する事業を成し遂げられる。ゆえに人種で優劣を論じるのは間違い」とは決してならなかったというのが今回のキモ。心理学者なら「認知的不協和理論ね、はいはい」と流してしまいたくなる事例だろう。別の言い方をすれば「日本(という他者)を経験し損なったアメリカ」の百年前の姿を教えてくれた本だったといえようか。
人種や民族の境界性が恣意的で可塑性に富む、というのはベネディクト・アンダーソン以来の「想像の共同体としての国民」論や、このところの構築主義的アプローチで明らかなわけだが、いくら口を酸っぱくしていっても、レイシズムは治まらないのも事実だ。この百年前の姿は決して今日の我々に無関係ではない(こういう状況を広く「ポストコロニアル」と呼ぶのである)。
で、今回の僕自身の反省点を述べておこう。こういう歴史研究の本を選ぶと、基本的に「それを知っているか否か」というモードになりやすく、自由な議論がしづらい憾みがあったと思う。しかも、去年、一昨年のゼミでは、けっこうどんな話題も拾って何か喋ろうとする数名のゼミ生がいたおかげで(心当たりがあるだろう)、議論が表面上が盛り上がって見えていたもので、僕がゼミ運営の努力を怠っていたことは否めないと思う。
で、次はいきなり議論していただきたいと思い、社会学の本。来週から、積極的に好き放題いっちゃってね。
![]() | 不可能性の時代 (岩波新書 新赤版 (1122)) (2008/04) 大沢 真幸 商品詳細を見る |

