日本の心理療法
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今日の発表はF原君。タイトルは「日本の精神療法」というもので、主に吉本内観と森田療法という、一定の市民権を持った「日本発の心理(精神)療法」に焦点を当てたもの。コメントはK沼さん。
(吉本)内観が、浄土真宗のいわば「異端」的な信仰から誕生したことは有名で、この療法自体の宗教性の一つの淵源になっていることは間違いないところだが、問題は「宗教起源だから宗教っぽい」という単純な話ではなく、何をもって「内観は宗教性があるといえるのか」という問題である(この問題はA部君やH野君が言う通り)。まあ、僕も実は「内観という宗教っぽい心理療法がある」と、島薗先生から教えていただいたのだけど。神秘主義に通じる一種の「異常心理」が問題なのか、カトリックの「告解」に似た構造が問題なのか、という言い方もできるだろう。フロイトは、「告解から宗教性を抜いただけ」と同時代人から批評されたが、吉本も浄土真宗の「異安心」から宗教性を抜いたわけで、その構造はパラレルだろう。
森田療法は、宗教起源ではないが、「あるがままの自分を受け入れる」というような姿勢が、その後のニューエージなどに繋がりを持つ雰囲気は持っているだろう。森田療法も、信奉者が多く、関係書籍も汗牛充棟だが、どのあたりを参考にするかが問題だろうな。
あとF原君は「箱庭療法」とか「壷イメージ療法」とか「俳句療法」とか(!)、ユニークな日本の心理療法を紹介してくれたが(壷と俳句はさすがに知らなかった)、彼自身もイマイチどういうものかイメージできておらず、その紹介は中途半端な者に終わったきらいがあるので、変な「日本人論」に落とし込むよりは、素直に思い切って内観と森田療法の二つに絞ったら、とアドヴァイス。
今回の発表は僕が口出しするまでもなく、みんな積極的に質問攻めにしており、時間もあっという間に経ってよかった。今週末のゼミ合宿も、皆さんいっちょ、頼みますよ。
(吉本)内観が、浄土真宗のいわば「異端」的な信仰から誕生したことは有名で、この療法自体の宗教性の一つの淵源になっていることは間違いないところだが、問題は「宗教起源だから宗教っぽい」という単純な話ではなく、何をもって「内観は宗教性があるといえるのか」という問題である(この問題はA部君やH野君が言う通り)。まあ、僕も実は「内観という宗教っぽい心理療法がある」と、島薗先生から教えていただいたのだけど。神秘主義に通じる一種の「異常心理」が問題なのか、カトリックの「告解」に似た構造が問題なのか、という言い方もできるだろう。フロイトは、「告解から宗教性を抜いただけ」と同時代人から批評されたが、吉本も浄土真宗の「異安心」から宗教性を抜いたわけで、その構造はパラレルだろう。
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森田療法は、宗教起源ではないが、「あるがままの自分を受け入れる」というような姿勢が、その後のニューエージなどに繋がりを持つ雰囲気は持っているだろう。森田療法も、信奉者が多く、関係書籍も汗牛充棟だが、どのあたりを参考にするかが問題だろうな。
あとF原君は「箱庭療法」とか「壷イメージ療法」とか「俳句療法」とか(!)、ユニークな日本の心理療法を紹介してくれたが(壷と俳句はさすがに知らなかった)、彼自身もイマイチどういうものかイメージできておらず、その紹介は中途半端な者に終わったきらいがあるので、変な「日本人論」に落とし込むよりは、素直に思い切って内観と森田療法の二つに絞ったら、とアドヴァイス。
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今回の発表は僕が口出しするまでもなく、みんな積極的に質問攻めにしており、時間もあっという間に経ってよかった。今週末のゼミ合宿も、皆さんいっちょ、頼みますよ。
- [2008/12/01 23:25]
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