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音楽を語る方法 

今日の発表者はI田君。コメントはF瀬さん。
発表タイトルは「現代における若者と音楽の関係について」というもので、ざっくり言うと、現代若者の「音楽消費」はどのような機能を担っているか、ということを考察したもの。60年代、70年代にはロックやフォークはそのまま広い意味での「政治」と結びつきやすかったわけだが(ウッドストックやフォークジャンボリーを見よ)、現代の若者は「自分探し」やら「アイデンティティ」と結びつけて音楽を聴いていると言えるのだろうか、というのがスタートライン、かな。「上流社会はクラシック、下層はロック」というように分かり易い状況は日本では当てはめられないだろうが(イギリスのカルスタの悪い例を真似しても仕方がない)、全く影響が無いとも言えない。日本みたいな社会構造では、音楽を社会的状況と結びつけて語る方法に非常な困難が伴わざるを得ないわけだ。
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この東谷さんのをどう利用し、越えるかだな(越えがたいだろうが)。
僕なんか、彼の発表では「空白地帯」となっていた80年代に自我を形成した人間なので、ちょっとどう分析されているのか、という学説史も聞きたかったところ。探すと、結構参考文献はあるもんだ。
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彼には、60年代、70年代の新聞記事の博捜と内容分析を課した。でないと、先行研究のまとめに終わってしまうので、せめていくつかは直に資料を引いてこないとね。あと、アドルノをどう換骨奪胎するか、という問題もあるな。彼の音楽受容理論って、僕は全く知らないけど、面白い分類法をしているみたいだから。
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