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  • このブログは、僕が担当しているゼミおよび論文指導などの記録です。
    「褒めて伸ばしたい」と思いますが、どこまでうまくいくことやら。ちなみに、僕も褒められて伸びる子でした。
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卒論口頭試問終了
今日で、三日間に及んだ「卒業論文口頭試問」が終了した。学生の皆さん、お疲れ様でした、といいたいところだが、我々教員もすごーく疲れました。「先生、お疲れ様でした」と言って欲しいくらいの気分です(笑)。

もちろん、これは心地よい疲れなのですよ。僕たち教員も、君たちの卒論を読んで、知らなかったことを教えてもらったり、君たちの発想から色々吸収させてもらったんだからね。

で、教員として難しいのは、口頭試問が終わった後の、その評価です。「よく頑張ったね」とみんなに花丸を付けてあげたいところだけど、そうもいかない。また、各教員がそれぞれ自分の「基準」を持っているので、それを擦り合わせるのが、結構大変なのですよ。君たちの具体的な顔も思い浮かんじゃうしね。
何と言っても、ズバッと成績を付けるのを躊躇う大きな原因は、君たちをちゃんと指導できなかったという忸怩たる思い、格好つけていえばちょっとした自責の念があるからです。「あのときああいうアドヴァイスをしてあげれば良かったのになあ」と、大体良い着想は事が終わってから思い浮かぶのが常だから(君たちも覚えがあるでしょう?)、どうしても余程じゃない限り「ぶった斬る」事ができないんだよね。少なくとも、僕はそうです。まあ、これは教員側の事情なので、君たちが忖度することは一切ないのだけど。ただの愚痴です。

ああ、明日が僕のゼミレポートの〆切だね。お互い「ああすれば良かった」と、またさざ波のように静かに、だけど繰り返し思うことになりそうだ。

卒論・修論 | 【2006-02-09(Thu) 22:05:23】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
これから読む卒論
一昨日、とりあえず皆さん卒論を提出してくれたわけですが、これから読んで、ところどころに「ツッコミ」を入れねばなりません。
これから僕が読む卒論の題目一覧はこちら。

・「知里幸恵―『アイヌ神謡集』までの道程とその受容」
・「越境する売春婦の現実―日本における売買春の実態と支援団体の取り組み」
・「西欧中世の貧民救済―中世盛期以降フィレンツェの場合」
・「食育基本法制定と小学校における実践」
・「摂食障害の増加と痩せを求める社会風潮の影響」
・「現在のスクールカウンセラー像」
・「現代におけるハリストス正教会の女性信者たち」
・「若者支援と若年労働問題」

「どーしろっちゅうんじゃ」というバラバラさ加減ですね。僕の場合、毎年のことですが。まあ、知識が増えるし、僕の出身の宗教学科でも「宗教」ということだけが共通しているだけで全然判らないみんなの発表を聞いて過ごしていたから、こういう環境には慣れているんだけど。

これから一つ目を読みます・・・。実は指導の過程で全員のを一度は目を通しているので、大体話の流れは判っています。

卒論・修論 | 【2006-01-18(Wed) 16:31:23】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
注は思いやり
今日から大学は本格的に仕事始め。まだ授業はないが、会議が二つあったので、朝から出勤。

そして、学生からは、年賀状代わりの書きかけの卒論がドドドと届く。正月三が日、駅伝見ながらゆっくりしたいと思ったのに届くもんだから、ついつい読んで朱を入れる(I藤さんと、K島さん、君たちだ)。
今日も二つ届いて(O智さんとO合さん)、現在チェック中。

先ほどの夕方はK島さんを呼び出して朱入れした原稿を渡して、ちょっとお説教。というのも、「注」がなっていなかったからだ。本のタイトルを本文に入れ、

○○の『●●』では「××」と言っている



というような書き方をして、そこに注も付けていなかったので(要するにページが判らない)、「これは非常に不親切な書き方である、君が悪意がないのは判っているが、これは良くない」とお説教したわけだ。
以前内田樹先生も言っていたが、注は「思いやり」なのである。以前コピーしておいた日記から抜粋すると、

引用出典を明記せよ、ということを学生に繰り返し教えるのだが、なかなかその意味が分からないらしい。
 巻末に「参考文献」というふうにまとめて列挙してあって、「あちこちからちょっとずつつまみ食い的に引用してます」と言って、しらっとしている。
 あのね・・・君は「君の論文を読む人の身」になったことがある?
 君の論文の中に、非常に興味深いデータがあったとしよう。なんでもいいや、例えば、「心理学者である山田金太郎博士の最近の研究によれば・・・」というような文があるとする。
 それをみて、「あれ。『山田金太郎』って、あの金チャンのことかな。あたしの初恋の・・・、金チャン、いまどうしてるんだろ?」と思った読者がいたとする。(花ちゃん、ね)でも、君の論文では「参考文献」として30冊の本の題名がどたっと並べてあるだけだ。どの本のどの頁を読めば金チャンの知見や近著を知れるか、花ちゃんにはまるで分からない。
 だから、参考文献リストにあった本を全部買うか借りるかして、一冊ずつはじめから終わりまで読むほかに調べる手だてがない。たぶん、その作業には数週間か数ヶ月かかるだろう。(おまけに、君が山田博士のコメントを読んだのは新聞記事かなんかで、それは参考文献にさえ挙がっていなかったりする)
 こういうのって不親切だと思わないか?
 君が脚注をつけて、引用出典の頁数を示しておけば、ほとんどその日のうちに金チャンの近況は花ちゃんの知るところとなる。
 これだって花ちゃんへのささやかだけれど「贈り物」になるだろう?
 そういうことだよ、学術性というのは。
 それを科学の用語で言えば「追試可能性」というのだ。
 君が使ったデータとそのまま同じものが「誰にでもすぐアクセスできるように」しておいてあげること。
 それが苦労してデータを取ったひとが「あとから追試する研究者」のために贈ってあげることのできる最良のプレゼントの一つだ。(2003年2月11日)



もう、注の意味はここに言い尽くされている。
卒論及び修論を書く諸君は、この言葉を拳々服膺してください。

新年から説教臭くて済みません。

卒論・修論 | 【2006-01-05(Thu) 20:15:29】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
バージョンアップしてから
卒論提出までちょうど一ヶ月となり、そろそろ4年生の顔に悲壮感が漂う季節になった。

今日は二人の卒論を抱えた「迷える子羊」が現れてた。まあ、一人は年表的な事実を淡々と書き写しただけだったから、ツッコミどころがなかったのだが、もう一人は、まさに書きかけのメモ、という感じだったので、処置に困る。そこで、ついつい「説教」してしまう。
「このあたりは説明不足なんじゃないか?」と僕が突っ込んでも、「あ、まだ書いてないです、済みません」で全部スルーされるのだ。だから「書きかけを持ってこいと言ったけど、もうちょっと完成してから持ってきてもらわないと労力の無駄」と結構厳しく説教してしまう(あと、この子が脚注の書き方もなっていなかったせいもあるけど)。

というわけで、これを読んでいる僕の学生の皆さん。まだ慌てなくても良いので、ほぼ完成したもの(自分的には9割くらい出来たかな、と思えるくらいのもの)を持ってきてください。前に僕に見せたものが「バージョン1」で、今見せているのが「バージョン1.1」とか、そういうコンピュータソフトのようなマイナーチェンジは不要です。せめて「バージョン2」にしてから持ってきてくださいね。
あと、誤字脱字は、ワープロの宿命とはいえ、たくさんあると非常にこっちの気分は悪くなります。勝手なものですが。最低でも、教員に見せる直前に、自分で一回読み返してくださいね。

卒論・修論 | 【2005-12-16(Fri) 19:11:41】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
修論中間発表会
卒論中間発表会が終わったかと思えば、今度は修論中間発表会である。
忙しい。
昨晩、深夜の電車で手帳を読み返さなければ、忘れそうだった。危ない危ない。
でも、昨日の深酒が祟って、10分ほど遅刻してしまう。発表者のYさん及び主任のN先生、申し訳ありませんでした。
遅刻したにも拘わらず、遠慮なく質問はしてしまう。我ながら神経が太い。
今年は4人の発表だったが、去年ほどひどいことにはならず(去年は、はっきりいって大変だった。先生たちがみんな怒りまくって、その収拾が)、ほっと胸と胃のあたりを撫で下ろす。

みんな、さすがに卒論と比べたら失礼だけど、基本的なことはちゃんと調べているのだが、今度は、その「並べ方」というか、構成とか、強調点の置き方が問題になってくる。先生方の指摘も、「結局君は何を主張したいのか」「どこがこの論文の一番のポイントなのか」ということに収斂していたように思う。
あと3ヶ月、頑張ってください。
今日の発表会は無事平穏だったので(学生諸君にとってはそうでもなかっただろうが)、さして書くこともなし。

卒論・修論 | 【2005-10-24(Mon) 18:11:27】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
卒論中間発表会終了
いやあ、終わった。脱力しました。ふーっ。
二日間に渡るマラソン発表会も、とうとう終わってくれました。

昨日の何人かの発表では、僕がいい加減なOKを出してしまったために大やけどを負ってしまった学生さんに申し訳なく(また、彼女たちが「先生、済みませんでした」と謝ってくれるものだから、益々良心の呵責が・・・)、痛む胃を薬で抑えながら登校しました。
まあ、他の先生方のコメントも、ある部分はちょっと的はずれだったり、ところどころ不当かな、と思える部分もあったけど、恐らく僕がこう思ってしまうのは、出身学科が「宗教学科」というとんでもなくアナーキーな学科だからだろう(ほんと、同級生たちの卒論を思い出しても、無茶苦茶な学科だった)。先生方のコメントをじっくり聞いていると、やはり、「出自」というものがよく判りますね。ちゃんとしていないの、僕だけなんだもの(笑)。頭の中を「ディシプリン」という語がグルグル回る。

さて、昨日痛めた胃が癒される間もなく、朝一番から3人目まで、実はみんな僕の指導学生でして(Yさん、Oさん、Iさん)、まるでジェットストリームアタックをかけられる思いでした。
まあ、彼女たちの発表に対するご批判は、まあ「想定内」で収まった、という感じ。さすが、先生方は、付け焼き刃を見逃してはくれません。そのあたりを突かれたのが多かったかな。昨日に比べれば、(僕的には)発表会は平穏に過ぎていった。

でも、よく考えたら、これほど自分の指導学生の動向に感情が左右されるっていうのは、気弱なピアノ教室の先生めいていて、自分でも腹が立ってくる。お互い教員がそういうメンタリティで対峙するのは、学生にとっても精神衛生上良くないな。

今日の発表は、フィールドワーク系のテーマの学生が集中していたが、やはり自分の足で稼いできたデータというのは、オリジナルなものだし、大事に使って欲しい。そのフィールドワークしてきたものを確認するために理論があるのだ、というくらいに考えればいいと思う(そして、通説になっているような理論に対して、フィールドワークの成果から反論してみるのも良い)。

さあ4年生の皆さん(及び後ろで聞いていて、来年は我が身、と思った3年生の皆さん)、お疲れ様でした。
あとは、有益なコメントを自分なりに咀嚼して、前進あるのみ。頑張ってね。今度はちゃんと手助けしますから

卒論・修論 | 【2005-10-12(Wed) 17:44:54】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
卒論中間発表会初日
今日は、待ちに待った卒論中間発表会の日。学生にとっては、「判決言い渡し日」(しかも敗訴が濃厚)みたいなものですが。

今年は、4年生の人数がまあまあ多く、朝の9時半から夕方の5時まで、計14名の発表を聞く。

今、はっきりいって、ボロボロです。この後、仕事しようかな、と思いましたが、ちょっとその元気が・・・。

寝不足と、コメントの必要性から緊張していた、というのが主な理由ですが、僕が指導している学生が軒並み他の先生方から総攻撃を食らって、それを見ている僕としては、まるで自分が攻撃されているような錯覚(そう、これは錯覚なのですが)に陥り、胃が痛くなり、コーヒーが飲めなくなりました(笑)。ごめんね。僕が一応「これくらいで良いんじゃない?」と心のないOKを出してしまっていただけに、自責の念に駆られる。

で、ここからは自戒を含んで言いたいのだが、「君は今まで何を勉強してきたのか!!」という台詞は、なるべく言いたくはない。こういう一方的すぎる他罰的な責めの言葉は、ある線を越えると不当なものとさえ思う(今日、ある同僚のコメントに、ちょっとそういうものを感じた)。確かに、そうも言いたくなる発表もある(現に今日もあった)が、「彼・彼女に教員として何をしてきたのか」という自問と自責の念が少しでもなければ、その言葉は恐らく学生には届かないし、あまりにも無責任だ。こういう場でのひどい発表では、我々教員にまさに「応答可能性」としてのresponsibilityが問われているのだ。

まあ、友人が結構きついコメントをもらうのを目の当たりにした明日発表の諸君の気持ちは、必要以上に引き締まったはずだが・・・。
明日の夕方、打ち上げできる体力が、学生にも教員側にもあるかは疑問だ。

卒論・修論 | 【2005-10-11(Tue) 17:49:40】 | Trackback:(1) | Comments:(3)
相談連チャン
来週の火曜・水曜日は、丸二日かけて、4年生の「卒論中間発表会」だ。いつものんびりしているうちの4年生もさすがにお尻にがつき始めて、今日だけで3人(Yさん、Oさん、Mくん)の相談に乗り、結構吸い取られた。さっき、20分ほどだと思うが、研究室の椅子で寝てしまっていた。

Yさんはいわゆる「摂食障害」のことがテーマ。このテーマに関しては、社会学・心理学・精神医学の蓄積があるわけだが、文学部生としては、まあ社会学的な視座からの分析、ということになろう。
Oさんは、あるキリスト教の教会の構成員、特に主婦たちの調査がテーマ。この教会は、幼児洗礼もするのだが、結婚を機に洗礼を受けるという人も多い(両者が共に洗礼を受けることが結婚の条件でもある)。そういう人が、そのような信仰生活を送っているのか、どのような宗教観を持っているのかが調査の主眼。
Mくんは、うってかわって、「陶磁器の歴史」、特に有田焼と薩摩焼という朝鮮由来の二つの流派の比較。両者は、当時の藩の政策にも違いがあり、残っている朝鮮語由来と思われる用語にも違いがあるというので、その総合的な比較なわけだ。鍋島藩と薩摩藩の性格の違いが鮮明にできればいいのだけど・・・。

彼らはとりあえず今週中に指導教員なり誰かにレジュメを提出することになっている。今も、僕の研究室の真下の共同資料室で、何人かが頑張っているだろう。

さて、ご飯を食べに行きます。

卒論・修論 | 【2005-10-05(Wed) 19:02:09】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
修論中間発表(unofficial)
今日は修士論文の事前発表会。

夏休み前に、学生が「自主的」に発表会を開き、教員は、まあ気が向けば出席するという趣向(故に出席しない教員もいる。秋のオフィシャルなものはほぼ全員出席するが)。
やはり、修論ほどの長い論文を準備するには、休み前に、アドヴァイスをいくらかでももらった方が良いに決まっているわけで、今回は3名のM2の諸君が発表。
実は去年のM2の諸君(とりあえず全員無事修了したのだが)が、非常にどいつもこいつも準備不足で、一部の教員は「時間の無駄です!!」などといい(さすがに弁護できない出来だったのは確か)、涙ぐませるという場面もあり、その「教育的効果」があったのか、昨年の二の轍を踏まないようにと今回はそこそこみんな準備していた。その調子で頑張ってね。

秋のオフィシャルな中間発表会の後、美味しいお酒が今回同様飲めますように・・・。

卒論・修論 | 【2005-07-25(Mon) 23:39:03】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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